優しい隻眼



(不覚…)



軍が凱旋し城中が盛り上がる最中、こっそり身を隠すよう一団から抜けてきた。
出迎えで精一杯なようで、家臣たちや文官たちは見当たらず、城の中は静かだ。
誰もいない廊下を、静かに自分の部屋へと急ぐ。


脇腹に受けた矢傷はじくりと痛みを発し、心なしか熱を持ち始めている。
致命傷でもないが、早く処置をしなければ後を引き、熱が出るかもしれない。
そうなればみなが心配し、この勝利の余韻に水をさすことになる。
それだけは、なんとか避けなければ。



「おい」



痛みを発する傷口にか、それとも自分の思考にか。
気を取られていた私は、背後からの声に飛び上がる。
しかも、聞こえた声が今一番聞きたくない声だったのだから尚更だ。



「夏侯惇様…!殿と一緒におられたのでは!?」



夏侯元譲。私の上司。
殿の無二の腹心であり、凱旋とあらばそれこそ殿の隣にいるであろうその人が、私の目の前に立っている。
隻眼のその目は、心なしか私を睨んでいるような気がする。



「ああ。そうだが、俺の側にいるはずの副将の姿が見えなかったのでな」

「…」



正論を突かれ押し黙る。
隊を離れると言った所で理由を尋ねられては困ると黙って離れたのが悪かったのか。
いや、報告したにせよ結果は同じか。
反応しない私に、あの人は近づいてくる。



「…傷を受けたのか」

「…いえ…」

「では何故隊を離れる?」

「…」



沈黙は肯定を示すと言うことは知っているが、これ以上反論の余地もない。
うなだれる私に彼は嘆息し、私の腕を取った。








「…思ったより浅いな」



傷口を見ながら、彼はそう呟く。
私は黙ったまま、彼にされるがままになっている。
本当なら辞退したい状況だが、彼の呟きの中に微かな安堵があって、表情も幾分か和らいだ気がするから。
だから黙って、されるがままに治療されている。



「…申し訳、有りません」



治療させていること。
せっかくのお祝いムードに水を差してしまったこと。
もとより、傷を受けてしまったこと。
全てが情けなく、ただ頭を下げる。



「全くだ」



彼の返答に、自分の身が小さくなった気がした。
責められている。
そう感じて、無意識に唇を噛む。と、



「お前に倒れられてはかなわぬ」

「…え、」



続いた言葉に思わず呆ける。
ぱっと顔をあげると、そこには存外優しい顔をした彼がいた。



「怪我をした時くらい俺を頼れ、と言っているんだ」



心配するだろう、とストレートに口にされる言葉がじわじわと染み込み。
それは私の中で喜びに変わっていく。
ああ、この人は。
私を大切に思ってくれるのだ。



「…すみません」



口をついたのは謝罪の言葉。
しかし、顔には柔らかな笑みが浮かんでいて。
それを見た彼も、なんだか満足そうに頷いたのだった。




(あとがき)
msu4より夏侯惇様でした。
猛将伝立志モードで回復アイテムをくれる彼に萌えたので。
シャイかなーとも思うけど、ストレートに心配して欲しくこんな感じになりました。




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