雨に歌えば





『午後からはゲリラ豪雨になる可能性があります。お出かけの際は傘をお持ちになった方がよいでしょう。……』



気象予報士のお姉さんがテレビで言っていたことを思い出す。
そう今――、学校が終わり、帰ろうと玄関に向かった所で前が見えないほどの雨が降っているのを見た時に。



「…さいあく」



知っていたのに。
テレビでも見たのに。
それなのに、傘を忘れてきた自分に腹が立つ。
どうしようもないことなのに妙に悔しくて仕方がない。
苛立ち紛れに呟いて靴箱を蹴ってみる。
ただ、当然のことだけれど、それで事態が好転するわけではなかった。
ため息を一つついて、玄関から空を見上げる。
鉛色の厚い雲が空を覆って、昼間なのに少し薄暗い。
降り続ける雨は白く視界を奪って、勢いよく地面に打ち付けてはバチバチと音を立てている。
今外に出れば、一瞬で濡れ鼠になるだろう。
空を見上げたまま、私はもう一つため息をついた。



「…柚葉、どうした?」



聞き覚えのある声に振り返ると、いつの間にかそこには瑛が立っていた。
瑛は私のあまりにふてくされた顔を見て、キョトンと目を丸くしている。



「傘忘れて、帰れないの。もー最悪」



何が最悪ってゲリラ豪雨もだけど天気予報もしっかり見てるのに、傘忘れてきた自分もだよ!あー腹立つ!
そう一気にまくし立てると、瑛は苦笑いを零した。



「使う?」



そう言って瑛が差し出してきたのは、彼が持っている黒い傘。
それを見て、私はますます自分の機嫌が悪くなるのを感じた。



「あのね、それ私が使ったら、瑛はどーすんの?」

「走って帰る」

「それで瑛が風邪でも引いたらどーすんの?私、それで責任感じないほど図太くないんですけど。てか男なら『入っていきませんかお嬢さん』くらい言ったらどうなの?」



瑛の優しさは時にひどく自己犠牲的で、もやもやとした気持ちにさせられる。
苛立った勢いに任せてまた一気にまくし立てると、瑛は顎に手をあてて少し考えた後、私の数歩前に出て傘を広げると、くるりと振り返った。



「じゃあ、俺に送らせてくれませんか?お嬢さん」

「…っ!」



そうだった。
瑛はこういうことができる人だった。しかも素で。
声も、顔もいいから、こういうことをするとサマになる。
妙に色気を帯びた表情に、心拍数が跳ね上がる。
頬にカァッと熱が溜まってくる。
けしかけたのは自分のくせに、瑛にしてやられたようで、少し、悔しい。



「べ、別にいいけど?そこまで言うなら送らせてあげる」

「はいはい」

「笑うなっ」



赤くなった頬を、意地でも見られたくなくて。
笑いながら顔をのぞき込んでくる瑛から必死に顔を背けながら。
もう二度と傘を忘れまいと心に誓ったのだった。




(あとがき)
やっとupできた…。
書きたかったものとは少し違ってしまったのですが、まぁ良し。
紳士的行いが絵になる主人公。



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