とある1日の話





私は、メメントスで迷っていた。



(うっそだぁ…)



ちょっと前まで、みんなの背中を追っていたはずなのに。
その背中が、今は1つも見えない。
はぐれた、と気づいた瞬間血の気が引いた。
心なしかまわりの温度も少し下がったような気がする。
だってここはメメントス。
今敵に遭遇したら私1人じゃ戦えない。
自他共に最弱と言われる私だ、間違いなく死ぬ。
焦ってあちこち探してみたけどみんなは見つからない。
というか、ここがすでに通った所なのか、さうでないのか、それすらわからない。



(ジョーカーって、すごかったんだな…)



物静かで、あまり自分の意見を主張するタイプじゃない瑛くん。
そんな彼が怪盗団のリーダーで、モルガナに切り札と言わしめる素質の持ち主ということが、どこかで信じられなかったが。



今、わかった。
抜群に優れているのだ。
彼の現状把握能力と統率力が。
彼の指揮下にいたからこそ、私なんかが生き残ってこれたのだ。
そう思うと、よりいっそう今一人であるという事実が身にしみた。



(どうしよ…)



考えてみるが、迷いきってしまった私にできることは少ない。
合流できないのなら、このままなんとか敵に見つからないようにしながら出口を目指すほかない。
それができれば、最低限の迷惑をかけただけで済むだろう。
結論に至り、よし、と気合いをいれたその時。



ジャリ…ジャリ…



背後から、嫌な音が、した。
金属がぶつかり合う高い音。
何かを引きずり歩く足音。



ジャリ…ジャリ…



近づいてくる音を聞きながら、モルガナに言われたことを思い出す。
“このメメントスにはヤバい奴がいる。
一定のフロアに長居すると現れる、主のようなもの。
今の戦力では到底勝ち目がないから、鎖の音がしたらとにかく逃げろ。”
これはその、鎖の音ではないのか。



ジャリ…ジャリ…



背中を、冷たい汗が伝う。
逃げなければと思うのに、体がいうことをきかない。
全身が恐怖に支配されて、息さえできない。



ジャリ…ジャリ…



近づく音にカタカタと震えながら、やっとの思いで振り返ると。
奴は、いた。



「あ…あ…っ」



真っ黒な影に、巻き付く鎖。
刈り取る者と呼ばれる異形。
その姿は、メメントスにいるどのシャドウより不気味だった。
私に気づいているようで、一歩一歩近づいてくる。
逃げたいのに、体が動かない。
叫びたいのに、声が出ない。



…怖い。



目の前に奴がきても、まだ体は動かない。
恐怖に侵された意識だけが、正しく「逃げろ」と繰り返す。
そう、命令は繰り返されているのに、私は指先1つ動かせない。



音もなく、奴が武器を構える。
振り上げられた腕のような物が、自分に向かって振り下ろされる。



「ひ…っ」



死ぬ。
そう感じた瞬間、



「「柚葉ッ!」」



ガキンッ



あらわれた、2つの黒い背中が、奴の腕を受け止めた。
奴は驚きもせずに、受け止められた腕に力を込める。
ギリギリと音がなる中、2人は同時に振り返り、叫んだ。



「無事か柚葉!?」

「生きてンな!?」

「ジョーカー、スカル…!」



そこにいたのは、求めた人達。
頼もしい背中に、声に、瞳が熱くなっていく。



(…来て、くれた…!)



そう思った瞬間、突然体がコントロールを取り戻す。
緊張状態から解放されて、足から一気に力が抜けた。



ガシッ



「ちょっと大丈夫!?」

「しっかりするんだ!」

「パンサー、フォックス…!」



尻餅をつくと思われた体は、地につく前に支えられる。
左からはパンサーの、右からはフォックスの声と力強い腕のぬくもりを感じる。



あぁ、助かったんだ。
みんながいれば、もう大丈夫。
もう、怖いものはない。



「急げ!ずらかるぞ!」



車に変身したモルガナの声が響く中、私は意識を手放した。














後日。アジトにて。



「もう大丈夫なのか?ユズハ」

「うん、全然平気。ごめんね、心配かけて」



瑛くんの鞄から顔を出して問うモルガナに、苦笑いまじりに答える。
その節は迷惑をかけました、というと、杏ちゃんも苦笑いしながら言う。



「でもほんと焦ったよね。気づいたら柚葉いないんだもん」

「ったくテメーはなんでちゃんとついてこねーんだよ!」

「うわわっ、ごめん、ごめんなさいってば!」



竜司くんは、私の頭を掴んでガシガシと撫でる。
ちょ、ちょっと痛い…!乱暴はやめて!
痛がっていると、祐介くんが見かねて助けてくれた。



「ありがと、祐介くん」

「あぁ。しかし、メメントスの主とお前が対峙しているのを見たときはさすがに肝が冷えたぞ」

「あはは…、私も。もう死ぬって思った」



刈り取る者の腕が振り上げられる時。
あの瞬間を思い出すと、今でも周りの温度が下がるような気がする。
あの時ほど、死を身近に感じたことはなかった。



「でも、みんなが助けてくれた」



現れた、黒い背中。暖かい腕。
適わない敵が目の前にいるということは変わらないのに、私は安心感に包まれていた。
仲間が、みんなが、側にいる。
それだけで、こんなにも支えられている。



「本当に、ありがとう。私、頑張るからね!」



今回は足手まといだったけど!と言うと、みんなの顔が綻ぶ。
成り行きを静かに見守っていた瑛くんも、柔らかく口角を上げた。



「頼りにしている」

「…うん!」








とある怪盗団の、とある1日の話。






(あとがき)
PS5初書き。なんとなくこんな話になった。
個人も好きだけど、怪盗団の仲間感、絆がある感じが特に好きなので。
初期メンに祐介加えたあたりまでが特に好きです。



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