浮気騒動・後
(…いた!)
柚葉は、確かに男と一緒にいた。
背の高い男と指を絡ませて歩く柚葉は一松といる時よりも自然な表情で笑っている。
柚葉を探して走ってきたのに、いざ見つけると足が地に縫いつけられたように動かない。
浮気なんてできるわけない。
そう決めつけて猫と戯れていた自分が恨めしい。
そうだ、俺は俺がクズだと知っていたじゃないか。
生きる価値の無い燃えないゴミ。
そんな奴を柚葉が見限ることは当然のこと。
こんなゴミより笑顔が輝いているリア充風の男の方がよっぽどいいに決まっている。
…そう、心から思うのに。
(…嫌だ)
嫌だ、と思う。
胸が押しつぶされそうなくらい苦しくて、息ができない。
柚葉が自分以外の男といることが嫌で嫌でたまらない。
自分が選ばれるはずないのに、柚葉に選んで欲しいと望んでる。
止まっていた足が動く。
動き始めたら足は止まらず、加速し、殆ど勢いを殺さずに柚葉にぶつかった。
「へぶっ!!は、何?!え?一松!?」
「…柚葉っ」
発した声は、自分でも笑えるくらい震えていた。
柚葉はまさか俺がいると思わなかったのか、目を白黒させている。
そんな柚葉の腰に腕を回し、ぎゅっと抱きしめる。
離さない、そんな意味を込めて、キツく。
「何浮気してんのっ」
「へっ?浮気!?」
震える声で問うと、また素っ頓狂な声が返ってきた。
柚葉の顔を見上げると、ぽかんとした顔でこちらを見ている。
「何のこと?私浮気なんてしてないよ?」
「っ嘘つくなよ!誰なのコイツ!!」
「え?…あぁ!」
浮気の真っ最中の堂々とした浮気してません宣言に、苛立ちながら柚葉の隣の男を指さすと、柚葉は今男の存在に気づいたように得心した。
「紹介したこと無かったっけ?これ、私の弟!」
「………はぁああぁあ?!」
久しぶりに、腹から声が出た。
後ろの茂みからも同じような声と「弟かよ!!」という突っ込みの声が聞こえてくる。
…あいつら、後で殺す。
「お、とうと?」
「うん、弟」
「どーもー、柚葉の弟でーす」
呆然と呟く俺に悪びれない笑顔の柚葉、そして軽い感じの弟は「ちぃーっす」と言いながら柚葉と指を絡めたままの手で敬礼した。
「私が一松に構ってもらえないって言ったら弟が遊びに付き合ってくれたの。…でも、嬉しいなぁ」
そう言って柚葉ははにかんだように笑う。
俺に慈愛に満ちた視線を向けながら。
「嫉妬してもらえるのって、こんなに嬉しいんだね」
「…ばかっ」
こっちはもうこりごりだ。寿命が縮んだ。
そう言うと、柚葉は更に嬉しそうに笑うのだった。
浮気騒動もどき
(「弟かよ…」「はぁ、帰ろ帰ろ」)
「じゃあ帰ろうか」
「うん!」
「え」
「じゃあ一松、またね」
今、いい雰囲気だったのに。
仲直りした感じだったのに、柚葉は弟と手を繋いだまま帰って行く。
その後ろ姿を呆然と見つめていると、二人は少し進んだ所で足を止め、弟の方だけがこちらに歩いてきた。
「一松さん」
「…何」
弟は俺の正面まで来て立ち止まる。
男だけど、少しだけ柚葉と似た顔つき。
弟はその顔で、悪意無くにっこり笑った。
「俺、極度のシスコンなんで、次から俺らのデート邪魔しないでくださいね」
「…は」
「柚葉は渡しませんよ」
それじゃ!と言って爽やかに去っていく後ろ姿。
それを見ながら宣戦布告をされたことに気づき、俺はもう一度「………はぁああぁあ!?」と絶叫した。
(あとがき)
まさかの弟オチっていうね。失礼しました。設定は、
ヒロイン→一松大好きだけど弟も大好き。
ブラコンの自覚あり、弟をつい甘やかしがち。アホの子。
弟くん→極度のシスコン。likeじゃなくてLove。
ちょっかいをかけて一松がテンパるのを見て楽しんでいる。