序章2
「…ふむ、」
暗い闇に包まれた、悟ヶ原家の屋敷のある一室に、悟ヶ原思紋は居た。
パラパラと昔の書物を捲り、目を細目ながら、真剣に文字を追っていく。
静寂に包まれ、聞こえるのは庭の木の葉が揺れる音と、灯りとして使っている炎が揺れる音のみ。
今日もまた、たくさんの"記憶"を視、綴った。だが、
―足りぬ。
思紋は、心の中でずっとそう思っていた。
まだ、足りない。
もっと沢山の物語を、平凡な物語ではない、
もっと面白く、経験豊かな、エキサイティングな物語が、
……視たい。
―その時。
「…思紋様。」
思紋の背後に、黒い影がひとつ、音もなく現れた。黒い翼に、小柄な体型。
「…どうした、クロエ。」
ゆっくりと後ろを振り返り、その名を呼ぶ。
名を呼ばれた少女―鴉丸クロエは、下げていた頭を上げ、思紋と目をあわせると、懐からゆっくりと、紙を取り出した。
「…"白園家"から…彼女の『覚醒』な始まるかもしれない、との事です。」
その知らせを聞いた瞬間、思紋の目が見開き、
「本当か!?本当か、クロエ!!」
ガシッとクロエの肩を掴み、目を爛々とさせる思紋。
「はい、本当です。それと…これは、まだ確かな情報ではないのですが、」
「なんじゃなんじゃ??」
「……"狼山家"に、先祖返りが生まれていたそうです。それも…もう18になると。」
「…ほう、」
思紋は、目を細め、口は三日月のようにして笑った。
そして、夜風が置いてあった思紋の書物の頁を捲る。
「白園…か、」
そう呟いた思紋は立ち上がり、夜風に吹かれた本を拾う。
その本…その頁には、『白園家』と書いてあった。
「面白いことになりそうじゃな…」
そう言って見上げた月は、何故か赤く染まっているように見えた。
***
『覚醒』
それは、先祖返りが持っている始祖の力が目覚めること。
またその現象は、特定の先祖返りのみに起こり、覚醒は必ず起こるわけではなく、覚醒が起こらなかった先祖返りは、その後人として扱われる。
そしてその先祖返りとして挙げられるのは、鳳、霞乃……そして、白園。
どの一族も今は数少なく、鳳、霞乃はコミニティにおいては、もう先祖返りが産まれない程に力は弱まっている。
先程の朗報から数刻経った今。
空は変わらず黒く、キラキラと所々光る星と、月だけが、黒い空を飾っていた。
パラ…とめくられる古い書物。皺の多い指先で頁をめくる彼女…悟ヶ原思紋は、文字を読みながらフフフと微笑んでいた。
古い書物…それは、一昔前に書かれたある『先祖返り』の記憶だった。その記憶は、思紋の一番のお気に入りだった。
情熱的かつ儚い『恋』、切ないく感動的な『友情』…
感受性の高かったこの先祖返りの記憶全ては、読むたびに彼女を虜にしていく。
――そして、もう一つ、彼女は気に入っている物語がある。
読み終わった書物を一度文机に置き、もう一つの書物を手に取ると、再び頁をめくり始める。
先程とは少し違った、切ない禁断の『恋』物語、苦しいほどの暑い『友情』。
感受性は決して高くはないが、不器用な子が少しずつ感情を覚えていく。まるで、「彼女」と似ている。…だが、この者はコミュニティに属さない……
だが何よりも、先程の物語と繋がっているという事が、思紋を物語に惹きこんでいった。
「『今回』は、どんな物語にしてくれるかのぅ…」
微笑みながらそう言う思紋の心は、多分、もう誰にも理解はできないのだろうか。
襖一枚、挟んだ所に居たクロエは、少し胸を押さえながら、そう思った。
いつのまにか、進んでしまった時間。
それは、誰にも取り戻せないのだろうか。
たとえ、彼が何度思紋様の元へ戻ってきても、思紋様があのようなお心になる事は、絶対に避けられない『運命』なのだろうか。
私はまた、闘いながら死んでいくだろう。
そしてまた、未来では思紋様にお仕えし、そしてまた命を戦い、落とし…否、未来には進まず、またこの時代に、新たな私が思紋様に使えるのだろう。
私は、思紋様に仕える身。今後、このような思いは封じ、思紋様に忠実に仕えるだろう。
この運命もまた、変えられないものなのだ。
そう自分に言い聞かせると、クロエは、闇に消えていった。
[ 3/3 ]
[*prev] [next#]
[mokuji]
[しおりを挟む]