彼はいつでもそこに居た。けれど、そこはいつも暗闇だった。
そこは昔使われていた倉庫で、電気も付いていない原始的な闇のたまった場所だった。彼はいつもそこにいて、声をかければ必ずこたえてくれた。
水底のような心地よい声は、はっきりとは場所のつかめないそれだったけれども。私は何かあるたびにそこへ行っては、彼に語りかけた。ある時にはその日あった出来事を話し、ある時には友人について話した。
彼は私の言葉一つ一つに耳を傾け、時折自分の意見を交えて相槌を打ってくれる。
ときどき大人びたことを言ったから、彼は私よりも年上だったのだろう。
彼が名乗らなかったから、私も名乗らなかった。なぜか、そうするのが当然のような気がして。
そこはいつでも暗闇だったから、私は彼がどんな姿をしているのか、そんな恰好をしているのか、なにも知らなかった。それはおろか、自分が目を開けていたのか閉じていたのかさえも分からないような場所。
ただ、彼は多分、この世界のものではないのだろう、ということしか。
ある日、私の帰り際に彼はぽつりとつぶやいた。
近づくほど距離は離れ、ぬくもりに触れた指先はとけてそれを二度と感じられない。 意味はよくわからなかった、その声がわずかに揺れていた。
少しずつ少しずつ、かわす声が小さくなっていくのを感じた。心配ないよ、と彼は言ったけれど。闇に吸い込まれていくこえが霧散して消えていくように、彼はやがてそこからいなくなってしまった。
もしくは、ただ答えてくれなくなっただけかもしれなかったが、それを知るすべはない。
大人になった今でも、暗闇に入ると彼に会えるような気がする。どうしようもなく純粋に暗闇だった彼は、もしかしたら暗闇そのものだったのかもしれない。
だとすれば、あの言葉はそういうこと。
人と言葉を通じて触れ合えば触れ合うほど、光は生まれ、そして彼自身はそうすればそうするほど消えていく。その時が長ければ長いほど、残された時間は倍速で削られていく。
それでも、消えたくない、と望まなかった彼は
消えたがりの臆病者