「麗ー、こっちの伝票まだ?!」
「おーい、優香、A地区の青木さんから電話来てんぞ!」
「うわ、ちょっとまって書類がバラバラにぃぃいい」
「落ち着け、落ち着け、深呼吸!」
・・・・・・・・・・
豊橋商事。
中小企業でありながらレントゲンなどの医療機器部品メーカーとして幅広いシェアを持っている会社。
その池袋支店。
製造部と商事が併設されている、本社につぐ二番目の規模を持っているここでは、毎日があわただしい。
午前8時30分、各部署での朝礼。
そこからは10時の休憩まで休みなしだ。
そして12時から1時までの昼休み、その間に食堂で昼食をとっておく。
3時、15分の休憩。
5時30分、終業、もしくは残業。
現在時刻、午前九時半。
・・・・・・・・・・
「おわ!美影女史今日は来てたんだ、おはよう」
「失敬な。最近ちゃんと来て・・・って聞けオイ」
営業の商事、事務所と製造部の工場の渡り廊下ですれ違う蒲原薫、篠崎美影。
山のような書類を抱えて足早に通り過ぎる蒲原に、篠崎はため息をついた。
篠崎美影、本人は認めていないが通称アルファルファ。
病弱で細っちい、しかし人事部のリーダー。
「おはようみんな、一昨日のセクハラ相談、どうなってる?」
人事部は一応社内の苦情などもまとめている。
「あ、美影・・・その件だけどね、被害者の社員が自分で届けの訂正に来たから大丈夫っぽい」
「ん、了解、サンキュー」
篠崎の質問に答えたのは、人事部の苦情担当、高柳璃華。
「ってか今営業の方ヤバいっぽいからあたし助太刀行ってくるわー」
「いや、お前は単に優香に会いたいだけだろ・・・」
「否定はしない」
じゃ、なんて片手を挙げて、高柳は渡り廊下のほうへ颯爽と歩いていき、途中で走ってきた立川麗子と正面衝突するというハプニングを起こした。
人事部を流れる生ぬるい空気、を気にも留めず、品質管理部の立川麗子は伝票を届けに来る。
「今日の出荷分にはFが3つ、Bが7つでした、その他はすべて@でチェックです」
ちなみにFとは不良品の略、Bはキズ有り、@は良好。
伝票には製品情報、発送先などが記されている。
「ありがとう、とりあえず梱包のとこもってっとくわー」
立川の姿はもう階段に消えていて、ちょうどよく梱包担当の榊巴が現れる。
「あ、榊これ伝票」
「今とりにきた。サンキュ」
榊巴、ショートカットの髪と中性的な顔つきのせいで男に間違えられ・・・ることはない。
まぁ制服の胸元を見れば一発で「あ、女か」、がたいていの人間のリアクション。
そんな彼女の仕事は完成した製品に伝票を貼り付け、ダンボール詰めにしてトラックに運び込むこと。
男勝りな彼女だからできることだ。
ちなみに梱包担当に榊以外の女性社員はいない。
ところ変わって営業スペース。
ヘルプに来た高柳を菅平優香と同じデスクワークにまわし、蒲原はこちらも急遽ヘルプに来た、本来製造部の西山小百合と外回りに出かける。
「ねぇ薫、これ全部次の休憩までに?」
「うん、よろしく」
「いやいやいやいや、無理だって!!」
叫ぶのは菅平、しかし高柳が彼女をあしらう。
「えー、優香ちゃん、デスクワークもできないんだぁ?」
「い、いや、出来るし、優香天才だし?」
「出来ないなら無理しなくていいんだよ、ゆ・う・か・ちゃ・ん?」
「いや優香天才だから、お前より先に終わらせてやるし」
がぜんやる気になった菅平、コートを羽織った西山が蒲原につぶやく。
「薫さん、菅平さんってもしかして馬鹿?」
「うん、単純なことには間違いないと思う」
閉まるドア。
豊橋商事、池袋支店
(あ”−さむっ)
(そりゃ外回り用のコートって見た目重視だからね)
(今度外回りの時中にたくさん着てこよう・・・)
(薫さん、着膨れしない程度にね・・・)
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