33 | ナノ




 その日の夕方、近衛士詰所は騒然とした。皇子と共に行った近衛士が5人になって戻ってきたのは昼前だったが、彼らから知らされたのは、カグとサクは行方が知れず、ヨギもまた重傷をおってトカル・サンにいるという情報。しかしそこに、その日の夕方、サクが戻ってきたのだった。
 さした怪我もなく帰ってきたサクは、いの一番に水害の様子について尋ね、次に皇子の様子を訊いた。そして、言った。
「紅い蝶は全滅した。もう、皇族が襲われることはない」
 どういうことだ、と迫る近衛士たちに、サクは気だるげに一言告げた。
「内部分裂だよ」
 多くを語らないサクに問い詰めるのを諦めた近衛士たちは、とりあえずサクの無事を皇子に伝えようと、ムオウを再び皇子のところへ行かせた。
 疲れきった様子で詰所に座り込んだサクに、リオンが声をかけた。
「大丈夫か」
 サクはちらりとリオンを見上げ、ふいと顔をそらした。
「別に。怪我はしたけどかすり傷よ」
 紅い蝶は、過激派と穏健派に別れた乱戦で、ほぼ壊滅した。サクの加勢がなければ穏健派が負けていただろう。過激派は全滅、穏健派も重傷をおった若者が4、5人残っただけだ。サクに事情を説明してくれたあの女も、手当もほどほどに戦線へ戻ってきて、仲間をかばって死んだ。月の民も、2、3人が巻き込まれて死んでいる。穏健派の生き残りは、これから月の民に混じって暮らしていくらしい。しかし、それを他の人物に語る必要はない。その事情は、サクだけが知っていればいいことだ。
 サクはそうして、妹達と別れてここへ戻ってきたのだった。
「そんなことより、水害がおさまったってどういうことなの」
 問うと、リオンは表情を硬くして仲間の一人を振り返った。リオンに視線を投げられた男は、うつむいて手をふる。リオンはため息をついてサクに向き直った。
「それがな、あいつが見てたらしいんだが」
 あいつ、と、その男を指さして、リオンは続けた。
「 確かにラシャはあふれたらしい。けど、ラシャの濁流がまさに堤防を越えようとした時、一人の水の民の若者が、妙な刀をもって濁流を消し飛ばした、と」
 その言葉が何を示しているのかに思い当たったサクが目を見開く。リオンは頷いて、続けた。
「スイだろうな。けど、天龍丸の伝説通り、スイ自身は……」
 サクははっとして顔を歪める。
「死んだよ」

 ムオウに起こされた皇子は、その知らせを聞いて、顔に喜色をひらめかせた。ほっと息をついて、マツリはムオウに頭をさげる。
「ありがとう。サクにはよくお礼を言っておいてもらえるかな。直接会えないのを詫びていたとも伝えて欲しい」
 ムオウが部屋を出て行くと、再び皇子は一人になった。何か夢を見ていたような気がしたが、それについて考えれば考えるほど、とりとめのない記憶のかけらになって散っていく。結局何も思い出せずに、マツリは夢を見たことを忘れることにした。
 夕方だ。南向きの部屋の西に窓はない。あたりを染める夕日の姿は、直接は見えない。マツリは、身をおこして部屋をでた。あわてて付いてくる二人の侍従に、帝に会いたいと言うと、侍従は一礼して、一人が先にたっていった。
 部屋に入ってきた皇子に、帝は顔をしかめる。
「なんだ、マツリ。もう落ち着いたのか」
 マツリは了解も得ずにそこに置いてあった椅子に座り込み、首をふった。
「まさか。違いますが、譲位という結論にいたった経緯をお訊きしたく」
「ほう」
 帝は、皇子に向かい合うようにして腰をおろした。
「では、話すとしようか」








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