28 | ナノ




 さああ、と風が吹き抜けた。
 カグは、答えなかった。雨が地面をまだらに濡らす。男は、ゆっくりと刀をかまえた。
「来ないなら、こちらから行こう」
 それが、合図だった。
 二人はほぼ同時に地面を蹴り、カグは上段から、男は下段から、刀を交えた。激しい火花。男はカグの刃を弾き飛ばし、手首を返してカグの胴をなで斬ろうとする。それをあやうく避けて、男から距離をとるカグ。
 再びつっこんで、男の足をねらって刀を凪ぐカグの刃を、男はカグの頭めがけた蹴りで避ける。それを避けようと、身体を半回転させたカグの間合いに男が入った。近距離からの蹴りを食らって、転がりながら距離をとるカグ。
 男めがけて一直線に走り寄るが難なく躱され、そのまま走り抜けたカグは、振り返ろうとして、濡れた草で足を滑らせた。とっさに片手をついたカグに、今度は男が斬りかかる。地についた手を軸に、蹴りをはなってそれを交わしたカグは、勢いのまま男めがけて刀をふるうが、男は信じられないほどの跳躍でそれをかわした。
 正面から向き合った二人は、再び、火花が散るほどの斬撃戦に入る。容赦なく刃こぼれしていく刀。お互いに、かわしきれない刀を身体にうける。脚を深々と斬られたカグは、宙返りして間合いをとった。
 ぬるい温度が脚をつたって流れ落ちる。カグは息を整えながら、刀を下段にかまえた。
「本当に、強い」
 それはどちらの台詞だったか。あるいは、二人の思いが交錯しただけだったのかもしれない。
 男が走る。ぐるりと円を描いて、蹴りと斬撃をまじえる攻撃を、カグは後退しながら受け流した。最後に、強烈な突き。カグはそれを受け損なって、頬から耳にかけて一文字に傷を負う。身体を後ろに流して攻撃を避けていたカグは、木の幹に背中をぶつけて、紙一重のところで首を狙った刀を避けた。
 樹を回りこむようにして走り、距離をとるカグ。大きく弧を描いて、再び樹の幹を使った反転を行ったカグは、追ってきた男を迎え撃つ。カグの刀をさけて跳んだ男は、カグと同じようにして幹を蹴り、反転しざまにカグに刀を打ち込む。そしてまた、斬撃。カグは、受け流すことに徹している。明らかに、男のほうが優勢だ。
 がつんと重たい衝撃があって、カグと男は柄どうしの押し合いになった。体格に劣るカグは沈められるが、濡れた草にすべった勢いを利用して横に逃れる。振り向きざまに男を斬り上げるカグ。男の額に刃が走った。わずかに身をひいた男に、カグは上段から刀を振り下ろすが、男はそれを見切り、逆にカグの腹に蹴りを打ち込んだ。
 カグはそのまま、丘の斜面を転がり落ちる。それを追って、走る男。体制を立て直せずにいるカグに、男は更に蹴りを叩き込んだ。丘のふもと、平面に投げ出されたカグ。両手両足を地につけて、ようやく起き上がったカグに、助走をつけて走りこんだ男が、跳躍して大上段を食らわす。なんとか刀をかかげてそれを受けるカグ。
 二人の視線が交差した。次の瞬間、鈍い音をたてて、双方の刀が折れる。しかし彼らは止まらない。そのまま飛び上がった男は、折れた刀をかまえて、つっこんできたカグを受け流す。そして二人は同時に振り向き、折れた刃先を互いの身体に叩き込んだ。
 沈黙がおちる。
 雨が、草をたたく音だけが響く。
 それに混じって、ぱたたた、と血の撒かれる音がした。
「ああ、……」
 男は壮絶な笑みを浮かべて、言った。
「お前の、勝ちだ」
 ゆっくりと、己の身体に刀をつきたてるカグを突き放す。
 彼の刃は、カグの服を裂いて、その腹にかすり傷を負わせたにすぎなかった。対するカグの刀は、しっかりと、男の胸に突き立っている。
 決着が、ついたのだ。
 カグは、よろめくように男から離れ、男が倒れ伏すのを見届けて、手から刀をふり落とした。
 ふっと気が遠くなる。
「くそ、血が」
 足りない、というのは言葉にならなかった。カグはその場に崩れ落ちる。地に突き立った天龍丸が、にぶい輝きをはなつ。
 雨は本降りになっていた。








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