26 | ナノ




 サクは、その鋭い音を耳にするや否や、馬に飛び乗って駆け出した。
 槍の穂先にはめた鞘を抜き去り、投げ捨てる。そして、馬上で思い切り状態を反らし、その勢いを使って、槍を前方に投げた。
 ゆるい放物線を描いて槍は空を飛び、サクの狙った通りの場所に突き刺さる。そこにいた者は、一様に顔をあげ、何事かと槍の飛んできた方向をあおぎ見た。馬は一瞬遅れてそこにたどり着く。サクは馬が動きを止める前に鞍を蹴って宙を飛び、地に深々と突き刺さった槍を抜いた。石突を地に叩きつけて、しかしサクは次の瞬間眉をひそめる。それまでの勢いとはうって変わった低い声で、サクは言った。
「説明を、求めたいんだけど」

 サクの予測とは随分と違う光景が、そこには広がっていた。
 サクが聞いた音は、確かに彼女の予測通り、刃物どおしのぶつかる音で間違いなかった。サクの乱入により、みな呆然と動きをとめてはいるが、その対立構造ははっきりとしている。サクの右手側にいるのは、覆面をして黒装束に身をつつんだ、一見して紅い蝶と分かる者たち。しかし、サクの左手側で彼らに対峙しているのも、確かに紅い蝶だったのだ。覆面こそかぶってはいないが、同じ黒装束。彼らは、その背で別の集団をかばうように散らばっている。その集団は、月の民であった。
「姉さん」
 月の民の集団の中から、声が上がる。サクは思わずそちらを振り返り、声の主と目をあわせた。
「サラ……」
 その場に動揺が走って、沈黙が割れた。サクの右手にいる者達は、サクを敵と、左手にいる者達は、味方と判断したようだ。一瞬の後、再びそこは乱戦状態になる。サクはとりあえず、自分に敵意をむけてくる連中だけは槍をぶんまわして追い払い、戦線を抜けて月の民のそばに駆け寄った。
「何があったの」
 手近にいた月の民の女に聞くと、彼女は手招きしてサラを呼び寄せた。
「私も、何が起きたのか分からなかったの。でも、彼女が」
 サラは、血まみれになって座っている、紅い蝶の女をさししめした。
「彼女が、説明してくれて」
 サクはそれで、その女のそばに膝をついた。はるか昔の記憶で、治療師だったと記憶している、確かコウという女性が、彼女の手当をしている。
「あなた、カグという人の仲間?」
 サクが女の顔を覗きこむと、女ははっきりとした表情でそう言った。出血はあるが、意識ははっきりしているらしい。
「そうよ。あなた、カグを知ってるの」
「ええ、……」
女は苦い顔をして、横をむいた。
「私が、彼女の世話をしていたから。あの時、カグさんは、皇子が死んだと信じこまされていた。それは違う、と伝えようとしたのだけど、突然当て身をくらわされてね」
サクは、一瞬笑みを浮かべた。
「ああ、言ってたよ。それであなたが気絶している間に逃げてきたんだって」
「ええ。ってことは、カグさん無事なのね。ああ、でも、どうかしら……天龍丸が」
「天龍丸?」
「天龍丸の宝刀のことは知っているの?」
「カグから聞いたわよ。それを持っている男のことも」
女はため息をついた。
「そう。その男と一緒に、数名が、カグさんを追っている。かなりの手練よ。カグさんを天龍丸の糧にして、一族を復興しようとしているの。今頃どうなっているかしら」
サクは顔をゆがめた。
「カグは、一人でトカル・サンの北側へ行った。その追手をひきつける、って言ってた。そう簡単にやられはしないと思うけど」
 女はゆっくりと頷く。
「だといいんだけど。無理を言えば、追手を殺さないでくれるともっと。無理でしょうけれど」
その憂いを含んだ語調に、サクは違和感をおぼえる。それを察したかのように女は言った。
「どうしてこうなったのか、お話するわ。ここにいる月の民の人たちは、私達が皇子を殺そうとしているのを知っていて、それを止めに来たの。その対応をしたのは私よ。過激派に知られる前に、帰って欲しかった。でも、結局は過激派にも知られてしまって、あの人たちは問答無用で月の民のみんなに斬りかかってしまって。それで、やむをえずに私がその相手をしたら、いつのまにか穏健派と過激派の全面戦争になってしまったの」
「過激派」
「ええ。紅い蝶が、滅んだ王国の近衛士の集団だっていうのは聞いたのよね?私達はずっと、この皇国に恨みを恨みを抱くように、親の代から育てられてきたの。でも、よくよく考えたら、そんなの忘れたっていい頃じゃない?守るべき王族はもういないし、現に月の民だってこうやって流浪しながら生きていっている。なのに、どうして私達はずっと過去に囚われているの?」
女は目をふせた。
「私達穏健派は、この皇国の皇族を狙うなんていう不毛なことはやめて、月の民と同じように生きていきたいと思ってる。でも、過激派は違うわ。もし、私達穏健派の意見が過激派に知られたら、即刻処刑されたっておかしくないから、私達はずっとこの紅い蝶という組織のなかで息をひそめてきたの。でも、もうたくさんよ」
女は顔をあげて、目の前に広がる乱戦を眺めた。
「カグさんを追っているのはみんな過激派。立候補で選ばれたんだもの、当然よね。だから、ここに残っている紅い蝶は、せいぜい穏健派と過激派で半々ってところよ。きっかけは何であれ、もう起こってしまったこの戦いは、決着がつくまで終わらないわ。相討ちになったとしてもね」
女は、サクと目をあわせた。
「私達は、もう、恨みを忘れてもいい頃なのよ。穏健派は、みんな若者だわ。せめて私達の子供の世代には、こんな、血にまみれた人生なんか歩んでほしくない」
サクは頷いた。
「そのために、過激派の人々を殺してしまっても?」
 槍を手に立ち上がったサクを見上げて、女は泣き笑いのような表情になった。
「ええ。こんな復讐の輪廻、消えて然るべきだわ」
サクは、女に笑いかけた。槍を握りこむ。
「ならば、加勢するよ」








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