25 | ナノ



 ラシャの橋を渡ったところでサクと別れたカグは、わざわざ人目につくような道ばかりを通って、銀色の髪を惜しげもなくさらしながらトカル・サンの北へと馬を走らせていた。
 速度は出さず、軽く駆けるぐらい。ところどころの小さな集落や村で、このあたりを通った者について聞いて回る。それは、ただ情報を得るためだけではなく、自分がいたという痕跡を残すためのものだ。自分の後から追手が来たとして、確実に自分を追ってこられるように。カグと接触した人々は、口をそろえて言うだろう。銀色の髪の女が、一人で通った、と。
 スイの予測だが、何らかの理由で紅い蝶はカグをすぐには追おうとしていない、もしくは追うことができていないらしい。何故か、と問いかけたカグに、スイは言った。
「だって、おかしいよね?カグさんはせいぜい川の流れの速度でしかそこを離れていない。そのうえ、一晩月の民と一緒にいたんでしょ。紅い蝶は機動がいい。カグさんをすぐに追ったのなら、その晩には捕まってたはずだ」
たしかに、それは一理ある。頷いたカグに、スイはさらに続けた。
「たぶん、追手が出ていたら、今頃はやっと月の民のところにたどりついたってところかな。月の民はきっと、カグさんがどこにむかったか隠すだろうし、トカル・サンにたどりつくのは明日か明後日だろう。街に忍び込んで情報を得るのに、さらに半日。そしてここにたどり着くのが、3日後ぐらいかな?それまでに僕も姿をくらませとかないとまずいってことだけど」
 彼の言っていたことが確かなら、紅い蝶の追手は、ちょうど廃墟にいるころだろうか。カグは、トカル・サンを迂回して廃墟に向かっている。途中ではちあわせる可能性は高い。もっとも、それが狙いではあるのだが。
(死ぬ覚悟はあるが、死ぬつもりはない)
 カグの役目は、紅い蝶の注意をひきつけることであって、彼らの犠牲になって死ぬことではない。
(まあ、剣に食わせるなんて言うぐらいだから、殺されはしないだろう)
 これもスイの言っていたことだが、おそらくはカグを殺すにしても何らかの儀式を経るはずだ。そうでなければ、紅い蝶に囚えられたカグへの待遇が、あそこまで良かったことの説明がつかない。
 殺してはならぬ、という手加減をしなければならない敵など、安いものだ。真剣勝負は、殺す気でなければ勝てない。それが同等以上の手練ならば、なおさら。
 何ということもないまま、一日がすぎる。速度を出していない行程で、日が落ちた頃にたどり着いたのは、トカル・サンを南に望む丘だった。小高い丘の頂上には、大木が一本。その丘を横断するように流れ落ちる小川のそばに馬をとめ、そこで夜を越す。
 急くこともなく、朝日と共に目覚めはしたが、カグはそこにとどまった。ちらちらと光る水面をぼんやりと眺め、ふと思い立って短刀の手入れをする。ヨギに譲ってもらったものだ。今、持っているものはすべてそうだが、暗器が10に短刀が二本、いまカグが手に持っている短刀一本以外はすべて手入れが行き届いている。己の武器は、近衛士に限らず武人にとって、命に等しい重みがある。カグは丁寧に刃をぬぐい、それを鞘におさめた。
 カグは立ち上がる。馬に鞍をかけて、手綱をとった。
「さ、行こうか」
 鞍袋をかけ、荷物を背負う。
 そして、その時。カグは鞘走りの音を聞いた。









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