24 | ナノ




 翌朝、一行をのこしたままサクとカグが街を発ったころ、スイは一人廃墟の街で石盤を前にうずくまっていた。調べているのは、天龍丸の伝説について。それも、カグがサラから聞いたという話とはまた別の。
「大潮か……」
 はるか昔、荒れ狂う波に街が飲み込まれんとしていたとき、天龍丸を携えた男が海を鎮めたという伝説だ。
「見事なまでに、水に関係するね。もしかして、天龍の属性は、土か」
 相克、という考えだ。簡単に言うのなら、土は水に勝ち、水は火に勝つ、という。
 スイは、積み重ねた石盤の一枚を引っ張りだして、見ていた石盤のとなりに並べた。
「龍、天下りて座す。かの男、海を鎮めたり。水流、泡のごとく成りて消ゆ。もって、神通力となす」
 つぶやいて、新たに出した石盤の文字を指でなぞる。
「望みを叶える宝刀なり……」
 もし、天龍が土に属するものならば、大潮を鎮めたことも、水害を止めたことも、理論上は理解できる。
「そうだとしたら、願いを叶えるなんていうのは曲解だね」
 ただ偶然、大潮を鎮めることができただけで、願いを叶えられると解釈され、まつりあげられたものならば、たとえ贄を捧げたとしても、紅い蝶の望む一族の復興など、とうてい叶わない。
「さて、と」
 スイは、周囲にちらかした石盤の山を眺めて、ひとつため息をついた。
「やっぱ、出発する前に片付けなきゃ駄目だよね」

 昼前にラシャの大きな橋に辿り着き、カグと別れたサクは、カグに教えられた通りにトカル・サンへ向かう道へと馬の首をむけた。背負った荷物は一日分だけ。一刻を争うのだから、それまでにたどり着かねば死んだも同然、そういう決意をしてきた。
 一度だけ馬をとめて、休憩をとる。気は急くが、馬をつぶしてしまっては元も子もない。サクはもう一度、カグから聞いた道順を復習する。
「トカル・サンの見える街道を左へ、ラシャの支流にぶつかったら流れを遡る、と」
 馬が落ち着くまで、槍の手入れをして気をまぎらわせる。
「ふふ、出発するまではあんなに落ち着いていられたのが嘘みたいね」
 槍の穂先を拭う手がこまかく震えているのを目にして、サクは笑う。手入れ道具をしまって、気分をおちつかせようと、槍の素振りをする。刃が空気をさく音と共に、近くに伸びていた木の枝が切り落とされる。その枝が地に着く前に、サクは槍をふるってそれを八つ裂きにした。
 槍をおさめて、サクは大きく深呼吸する。頭をふって、サクは再び馬にまたがった。
「さ、行こうか」
 勢いで馬を走らせ続け、陽が西に傾いた頃、サクはようやくカグの言っていた川辺にたどりついた。サクは馬をおりて地面を観察する。おそらくは野営地を作った後だろう、地面にいくつもの穴があいていて、探せば焚き火をした跡も、馬の足跡もある。等間隔にならんだ二本の溝は轍だろう。いずれも雨で流れてごく薄くなってはいるが、これを追っていけば、おそらく月の民に追いつくはずだ。
「一度しか雨が降らなかったというのも、幸運だわね」
 サクは、馬の手綱をひいて歩き出した。
「急いでいるっていっても、お前に乗ってたんじゃ轍が見えないからね。夜までにたどりつければいいんだけど」
 心持ち足早に、轍を追う。完全に陽がおちて、灯りなしには進めなくなった頃、サクはやっと諦めて野営にはいった。
 幸い、月の民はずっと川沿いに進んでいて、野営地に困ることはない。馬と共に木のそばに眠り、水分を補給してまた朝日と共に目覚める。
 そして翌日、太陽が頂点に達する前、サクはそこにたどりついた。








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