23 | ナノ




 女の、月色の瞳が見開かれた。無言で見つめ合う二人。二人が口を開く前に、女に付き添っていた中年の男が素早く竹竿を拾い集めてカグに詫びた。
「すみません、俺の連れが……」
 言いながらカグの顔を覗き見て、彼も言葉を失う。
「お、お前、……カグか?」
 カグは、ゆっくりと笑みを浮かべた。
「ああ。ムオウさん、サク。会えて良かった」

 カグを伴って宿屋に戻ったムオウとサクに、出迎えたリオンが何か言おうとして言葉をつまらせた。どうした、と促すムオウに、彼は、かぶっていた笠をとったカグを目線でさして、口を開く。
「いや、さっき不審な奴がいたからって言おうと思ったんだけどな」
そして、ふっと表情を和らげた。
「杞憂だったな。カグ、生きててよかった」
「ああ。……もしかして、さっきの視線はお前か」
 カグは思い当たってそう問いかけた。リオンは肩をすくめる。
「感じたのなら、そうかもな。細い路地を歩いてただろ」
「ああ」
「じゃあ俺だな。ちょうど部屋の窓がそっちに面してるんだ」
「まあいいから。入ろうや」
 ムオウがそう言って、彼らは宿に入った。
 カグが部屋に入ると、そこにいた一同は唖然とした後、一斉に声をあげた。中でも皇子は一番に駆け寄ってきて、感極まったようにカグに話しかけてくる。
「一斉に話すな、聞こえない」
 カグがそう一括すると、全員が一瞬で静まって、それからじわじわと暖かい空気が部屋に満ちた。
 ムオウが最後に部屋に入り、扉を閉める。狭い部屋だ。せいぜい、3、4人用の。
「よく全員泊めてくれたな?」
 カグがそう言うと、竹竿を壁に立てかけたサクが、そんなわけないじゃんと言って笑った。
「あたしとリオンで恋仲よそおって様子見に入って部屋とって、あと皇子サマとトッカ、他三人に分けて同じ階に部屋とったの。大きな宿屋だから、不審がられずにすんだわよ」
「そうそう。それで、皆して皇子サマの部屋に集まってるってわけだ」
 そう言ったのはリオンだ。
「それにしても、よく生きてたなァ、カグ。もう二度と会えねえんじゃねえかと思ってたワ」
 トッカがしみじみとする。カグは眉をひそめた。
「冗談じゃない、勝手に殺さないでくれ」
 そして、話し始める。カグのたどってきた道と、スイの事。それから、スイが調べたことまで、すべてを。ヨギの無事を伝えると、皇子も近衛士たちも、ほっと安心したように息をついた。スイのことも心配ない、と続けるカグに、ムオウなどは表情をこわばらせたが、彼女が話しを続けるうちに彼も警戒を解いた様子だった。
 しかしカグの話が天龍丸にうつると、とたんにその場の空気が沈む。そしてカグが全てを話終えた時、彼らの表情は固いものになっていた。
「天龍丸、か……」
サクがその単語をかみしめるように口に出し、目を伏せた。
「サラのこと、伝えてくれてありがとう」
「ああ。私の方こそ、お前の妹に世話になった」
 サクは、カグと同じ月の民だ。それも、カグとは違って一族で育っている。12で槍の腕を買われ、王宮に召し上げられたとしても、それまで共に過ごしていた家族の今を知ることができるのは、嬉しいだろう。
 しかし、一方で、自分の一族と紅い蝶にそのような関係があったことをも知って、複雑な心情を隠せずにいる。他ならぬカグも、そうだったのだから。
「だが……紅い蝶も、そこまでの集団だったか」
 ムオウが腕を組んだ。カグが見た、紅い蝶の街のことを指している。
「あるいは、殲滅できるかもしれんな」
「そうだね。それも、少数精鋭で」
ずっと黙っていたライが言って、サクがその言葉をひきとった。
「私達のような、ね」
 どこか皮肉げな響きをふくんだ言い方を、リオンが言外にたしなめる。
「ま、どっちにしろこの任務が終わるまではどこにもいけないけどな。それで、カグ。そのおっかねえ天龍丸っていう奴、どうするんだ」
「ああ、……」
 サラから聞いた話、ヨギの話をつなぎあわせて、スイの出した仮定が、宝剣天龍丸を持った男の行動だ。
「スイの話じゃ、例の男はお前を狙ってるんだろ」
「そうだな」
 ヨギに重傷をおわせた男、彼の持っていた刀が天龍丸だとすれば、話の筋は通る。カグがマツリに渡した懐刀がいともたやすく折られたこと、カグが生け捕りにされたこと、カグをとらえた男の発言。
「“この”天龍丸に“食わせる”、ねえ」
 サクが苦笑する。
「厄介なのに狙われたね、カグ。しかも、一族のために糧となる、だっけ?紅い蝶全体での計画ってわけだ。皇子サマを殺すついでに一族復興、ってところかな」
「天龍丸の切っ先のさししめした人間、っていう部分は比喩だろう。せいぜい占いか何かで贄とする人間を決めるんだろうな。命をささげればっていうのが、つまり殺すってことか。まあ、かつて同じ一族だったとしても、奴等からしたらカグはこっち側の人間だ。カグ一人の命でかなう願いなんざ、安いもんだろ」
ムオウは言い切ってから申し訳無さそうに肩を縮めた。
「いや、すまねえ。そういうつもりじゃないんだが」
「いいえ。その通りですよ、スイの言ってたことも」
 カグが黙りこむと、誰も言葉を発せず、重苦しい沈黙がみちた。その空気を裂くように、サクが突拍子もないことを言い出す。
「ねえ、あたし……月の民のところに行きたいんだけど」
「はあ?」
 何を言っているんだ、という視線があつまる。
「どうして?」
皇子が問うと、サクは考え考え口を開く。
「いえ、今更一族に戻りたいなんてちっとも思いませんけど、ただ……」
「ただ?」
「月の民は、紅い蝶に乗り込む気じゃないかと思うんです。だとしたら、止めないといけない」
「どうしてそう思うんだい」
「だって、カグの話だと、月の民は、紅い蝶が皇子サマを狙ってるのを知ったってことでしょ。月の民は水害を止めようとしているんだから、それを邪魔しようとする紅い蝶に乗り込んで、交渉しようって思いつくのは想像に固くないんです。元は同じ一族だから、殺されはしないだろうって。でも……」
「カグをどうこうしようって連中だ。問答無用で殺されちまうってこともあるワ」
「なるほどね。それに、もしもサラって子がサクの妹だって知れたら、私達をおびきよせる人質にもできるわけ」
皇子がそうしめて、サクは頷いた。
「心配なんです、妹たちが。行かせてくれますか」
「いいよ」
即答した皇子に、しかしムオウが反論する。
「危険すぎます。皇子の守りが手薄になってしまう」
「大丈夫だって、トカル・サンで散々戦力は削ったし、この街も次の街も、ラシャを挟んで紅い蝶の本拠とは距離がある。それでも、弓兵二人に長距離一人、短距離一人に中距離二人じゃ私を守れないって?」
痛いところをつく皇子の言葉に、カグは笑みをもらす。
「大丈夫だろう。それに、例の男さえいなければ、精鋭の近衛士たちの手を焼かせる敵ではないな」
「カグ?」
 怪訝そうな目で、ムオウがカグを振り返る。カグは薄く笑みを浮かべて、言った。
「私も、ちょっと皆から離れようと思う。せいぜい目立つように移動して、例の男をひきつけるよ。紅い蝶は、私を捕まえるという目的と、お前を殺すという目的に二分される。お前を襲うにしても、戦力はさらに絞られるだろう」
「でもそれは」
「駄目だ、止めるなよ、マツリ。お前の安全を考えたら、これが一番いいはずなんだ。そう思うだろ?」
 最後の問いかけは、近衛士たちに向けられた。みな一様に頷く。
「ほらな。それじゃ、これで決定でいいかな」
 水害までおよそ、残り5日となっていた。








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