22 | ナノ




 その晩カグとスイは、焚き火をたいて夜通し話し続けた。半日かけてカグの馬も広間へつれてきて、彼らはずっと話を続けた。お互いの一族について、スイの調べた事について、それからとりとめのないことまで。いい加減話し疲れて二人がうとうとし始める頃には、すでに東の空が白々とあけてきていて、ついに二人が目を覚ました時には昼をとうに過ぎていた。
「これからカグさんはどうするの」
スイの問いかけに、カグは悩む様子もなく答える。
「皇子を追おうと思う。お前のことについて報告もしたいし、紅い蝶についても少し考えがあるからな。お前は?」
「僕はもうしばらくここにいるよ。まだ全然調べられてないからね。精霊のことだけなら、もう3、4枚石盤を読めば分かりそうだけど、天龍丸と紅い蝶についても知りたくなってきたよ」
「そうか」
カグは身支度を整えて立ち上がる。
「ここを発ったら、まず私達を探しな。勝手にどこかへ行かれると、心配だからな」
カグは自分の馬の手綱をとって、見送るスイを振り向かずに歩き出した。
「それじゃあな」
「うん。蛟のご加護があらんことを」
ふと笑んで、カグは言葉を返す。
「龍のご加護が、あらんことを」

 それからカグは、ひたすら馬を駆ってウカナ・サラに向かった。一行の予定していた二番目の街だ。しかし完全に陽が落ちた後にたどりついたカグは、不審者扱いをうけたあげくに誤解を解いてみればもう皇子の一行は次の街に向かったと言う。仕方なくその街で夜を明かし、次の日の朝、カグはウカナ・サラを発った。
「しかし、最初から皇子であることを明かすとはな」
 カグは馬を走らせながらそうつぶやき、あやうく舌をかみそうになって口を閉じた。
 ウカナ・サラで一行について訊くと、即答で皇子の一行かと問い返されたのだ。おそらく、トカル・サンで学んだのだろう。どうせ紅い蝶に素性が知られているのなら、はじめからそれを明かしてしまえばいいと。
(それを言い出したのは、マツリだろうな)
 どことなく品のある見た目とは裏腹に、豪気なところのある皇子だ。おそらくサクやトッカはその意見に乗り気で、ムオウあたりは反対したのだろうが、いかんせん皇子の言うことだ。押し切られたのだろう。
(まったく、帝が知ったら泣くな)
 わざわざ使者という肩書を仕立てあげてまで皇子を行かせたのに、その建前は一瞬ではがされてしまったわけだ。その上紅い蝶の襲撃もあったという情報が行ったら、心労のあまり倒れるかもしれない。
(さて、)
 ウカナ・ハクへの最短の道のりを駆ける。街に彼らがいればしめたもの、いなければ待つだけだ。夕刻には街に着く。カグは、彼らに伝えたいことを頭のなかで繰り返した。何を伝えそびれてもいけない。スイに言われたことは、すべて。

 しかし、ウカナ・ハクについたカグは、そこで再び足止めされることになった。なかなかに疑り深い門番が、カグが皇子の一行にあだなすのではないかと心配して、カグは必要以上の詰問をうけたのだ。それを突破するのにまた一晩かかり、カグは翌朝、苛つきながら街長と対面した。街長はいかにも気弱そうな老婦人で、彼女を中心に街はしっかりとまとまっている様子だったが、彼女を支えるために、周囲の者は必要以上に気をはっているらしかった。
 なんとか話を聞くと、どうやら皇子一行はここに来ていて、彼らを留めおいて水門を開けるか審議中らしい。
「では、彼らのところに案内してもらえるか」
 カグがそう言うと、カグの案内役にとつけられた少年は申し訳無さそうに首をふった。
「ところが、一行のご意向で、我らは宿を存じ上げないのです。安全上の理由で、とおっしゃって」
「ああ、……そうか。では、もう私の案内はいいよ。私ならたぶん見つけられるが、あなたに見つかるのは彼らの本望ではないだろう」
 迷っている様子の少年に馬をおしつけて、カグは一人歩き出した。かぶった笠に髪をおしこむ。
(しかしまあ、彼らもよく考えたものだ)
 カグはゆっくりと街を見て回りながら、一人感心していた。万が一、街側に紅い蝶を手引する者がいても、彼らが本気で隠れてしまえば見つけるのはそう簡単ではない。たとえ、街の中であっても。
(全員が変装しているか、誰かが皇子に扮したか……)
 どちらにしろ、宿探しだすのは骨だ。カグでさえも。
(この場合、街の者に訊いて回っても意味がないだろう)
 完全に隠れる気のある近衛士たちの本気は、誰にも見抜けない。特に、彼らをよく知らない者に見抜くことは出来ない。
 カグでさえ、そう簡単には見抜けないだろう。だが、カグには一つ確信があった。
(そう、出ているのならば、リオンかムオウ。そして確実に、二人一組で行動する……)
 飛び道具を得意をする二人は、基本的に弓兵という扱いだ。弓兵は、偵察に長ける。街長に宿をしらせないほどの徹底ぶりならば、彼らのどちらかが街に出て警戒しているはずだ。
(しかし、双方ということはないな)
 皇子の守りに一人は付いているはず。そうなると、見回りに出ている方は、屋内では戦えないサクかトッカのどちらかと一緒にいるはずだ。
(しかも、得物を持ったままとなると、トッカではない)
 トッカの大刀はそう簡単には隠せるものではないし、この街で武器を持って歩いていては目立って仕方がない。
(サクの槍を隠すには、……)
 竹竿だ。竹竿売りの女はどの街でもちらほら見かけるから、サクはたまにそうして槍をかくして持ち歩いている。しかも、そういう職業の女性は、頭巾をかぶっているのが普通だ。よほど近くによらなければ、月の民であることも分からない。
(竹竿売の女を伴った男、か)
 そうそういる組み合わせではない。カグはそこまで思案したところで、ふと足を止めた。大通りと交差する細い路。カグは、何気ない様子で後ろをふりかえる。
(誰も、いない……)
 カグは確かに視線を感じたのだ。
(気の、せいか?)
 だいじをとって、カグは大通りを横切り、人の波をやりすごして、尾行を撒く時と同じ行動をとった。しばらく待つが、もう視線を感じることはない。
 カグは後ろを気にしながら、もう一度細い路を通って、別の大通りと交差する角を曲がる、が。
「きゃっ」
 曲がり様に出くわした女としたたかぶつかって、女の持ち物は地面にばらまかれた。カランカランと軽い音。見れば、散らばったのは何本もの竹竿。
 カグははっとして女の顔を見る。
 月色の瞳と、視線がかちあった。








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