21 | ナノ




 ふわりと空気をゆらして、なめらかに扉が開いた。注意深く扉を開いていくが、ガタン、と大きな音をたてて扉の動きが止まる。カグはとっさに短刀に手をかけた。松明を差し出して、中の様子をたしかめる。しばらくそのまま待っていたが、何も起こらなかった。カグは念のために短刀を抜いて、扉をあけたままそこへ入る。
 そこは、入り組んだ岩の洞窟だった。不思議と、空気はからりと乾いている。洞窟の壁という壁にはぎっしりと石盤がつめられていて、それを一つ抜いてみたカグは、そのまま見なかったことにして石盤を元に戻した。蟻のような小さな文字がぎっしりと刻み込まれた石盤は、カグの性に合うものではなかったからだ。しかし、それで分かったことはある。ここは、確かに資料の保管庫のようだ。
 カグは、思案を重ねた結果、松明を消すことにした。ゆっくりと暗闇に目を慣らすと、この洞窟の天井に、無数の光があることが分かる。ぼんやりとした、かすかな光は、おそらく虫か苔かそのようなものなのだろう、とカグは見当をつけた。自然界では、暗闇で発光するものがいるのだと、昔誰かが言っていた。
 カグは気配を殺して、ゆっくりと歩き始めた。時折動きをとめて、何か音が聞こえないか耳をすます。そう行かないうちに、カグは通路の奥にぼんやりと明るい場所をみとめて、静かに走りだす。
 そして、カグはそこにいた男に、短刀をつきつけた。

 カグは、うずくまっている男に短刀を突きつけた。近くに、小さな明かりがともされている。即席の行灯のようだ。彼の前には数枚の石盤が散らかっていて、そのうち一枚を読んでいるようだった。真横から現れたカグに、しかし彼は何の反応もしめさない。不審に思ったカグが、彼の肩に手をかけると、彼はゆっくりとカグを振り向いた。
 長すぎる沈黙。しびれをきらしたカグが口を開こうとした時、スイが、ゆっくりと息をついた。
「カグさん?かな、いや、幻か」
 焦点のさだまらない目で、ぼんやりと笑ったスイは、素手で短刀をつかみにくる。カグはあわてて短刀をひいて、その場に膝をついた。
「スイ、大丈夫か、お前。様子が変だぞ」
「変?そりゃそうさ、なんたって幻が話すぐらいだ、から、……」
言いながら、スイはゆっくりを言葉を切って目を見開いた。
「カグさん?」
「ああ、そうだ」
「幻じゃなく?」
「当たり前だ。お前、どうしたんだ」
 困惑した様子のカグをまじまじと見て、スイは唐突に声をあげて笑い始めた。手をふりながら、笑い続ける。気でも触れたのではないかと、じりじりと後じさりするカグに、スイは笑いながら謝った。
「ごめんごめん、ここ数日ずっと一人で資料見てたから頭おかしくなりそうだったんだよね、大丈夫僕はいたって平気だから」
 笑いすぎでにじんだ涙をぬぐって、スイは深呼吸する。
「それで、こんなところまで来てどうしたの、カグさん。それによくここが分かったね」
「あ、ああ、上でお前の馬を見つけてな、……いや、そんなことより」
カグは短刀を鞘におさめて、スイを見る。
「お前こそ、どうして皇子や近衛士に何も言わずにここへ来た。みんな、お前が裏切り者だっていうことで結論づけているぞ」
「ま、不確実な事を調べに来たんだから、止められるのはごめんだしね。だけど、裏切り者か、そっか」
スイは一瞬沈黙して、探るようにカグを見た。
「カグさんも?」
「いや、私は……」
 どこまで話したものかとカグは悩んだが、結局は全てを説明することにした。スイは静かにそれを聞いていたが、話を終えたカグに、意味深な笑みを向けた。
「天龍丸、ね」
 スイは、ゆっくりとした動作で立ち上がった。行灯を手にして、カグを出口へとうながす。
「とりあえず外に出よう。ここで長話は気が滅入る」

 スイが先にたって、彼らはあの広間に戻ってきた。
「しかしあんな暗い場所に、ずっと一人でいたのか?」
正気の沙汰とは思えない、とでも言いたげな口調でカグが問いかけると、スイは肩を落として苦笑した。
「そりゃあ僕もあんなところにずっといたくはないけどさ、考えても見てよ、あの石盤をわざわざ上に持ってくるわけにはいかないよね」
「ああ……あの洞窟、全部石盤の保管庫なのか?」
「たぶんね。僕も全て見て回ったわけじゃないけど、全部石盤だ。書物じゃなく石に刻むなんてどれだけの年月がかかったのか分からないけど、おかげで古い記述が見事に残っているよ。貴重な資料があるから、僕の調べ物もなんとかなりそうでね」
「調べ物?」
 スイは、自分の馬の首をなでて、カグを振り向いた。
「そう。放浪の一族と、精霊について」
「精霊」
「うん。あのね、カグさんたち月の民の、天龍丸の伝承と同じような言い伝えが、水にもあってね。実は、火の民も、風の民も、ほかの放浪の一族はみんなそうなんだよ。ああ、別に、王国が滅びてうんぬんってことじゃないよ?そういう系統の、不思議な話ってこと」
「不思議な話、か」
「そうそう。超自然的っていうのかな、どう考えたって常識外のこと。そう、月の民なら、天龍丸の神通力」
「それが、水の民にもあるのか」
「そういうこと。カグさん達はよく、龍のご加護をって言うよね。僕らも言うんだ。蛟のご加護をって」
「みずち、って確か、毒蛇の」
「そういう言い方はやめてよ」
スイは苦笑する。
「四本脚の、龍ににた、毒を吐く水の霊さ。かつてはミツチと言ってね、水助霊と書いてたんだけど」
そう言いながらスイは指で宙に文字を書いた。
「さすが水の民、って感じでしょ。ま、蛟に関する伝承があって、それで僕らは精霊って言ったら蛟のことなんだけど、月の民じゃそれが龍、確か火の民は鳳だったかな」
「そうか、私は一族育ちじゃないから母の口癖をただ覚えただけで、龍が何をさしているのかも知らなかったが……そういうことなのか」
スイにうながされて、カグは腰をおろす。
「それで、僕はその精霊について、調べに来たってわけ。あの時……マツリが襲撃にあったとき、紅い蝶の誰かが、この天龍丸に食わせる、とかなんとか叫んでてね、これだって思ったんだ。カグさんとサクが街から遠ざけられること、紅い蝶の生い立ち、それらをつなぎ合わせると、どう考えたって紅い蝶が月の民だとしか思えなくて。カグさんの話からすると、僕の予想はあってたってわけだ」
「私の話?それはもうとっくに調べ済なんじゃないのか?」
スイはそこで難しい顔をする。
「の、予定だったんだけど、なかなかそれに関する記述が見つからなくてさ。まあ古い記述を見たって、紅い蝶と月の民の関係は予想通りなはずだけど、それを述べてる部分がないからね。多分、そういう新しめの記録がまだ石盤に刻まれる前に戦火に焼かれたか、僕が見つけ出してないかのどっちかだけど」
スイの言うことに頷いて、カグはふと首をかしげた。
「だが、それを調べてどうするんだ。精霊について知ったところで、なにか利益になるようなことがあるとも思えないが」
スイはその表情に影をおとす。
「そうだろうね、精霊の子なんて呼ばれてなければ、そんなものはどうだっていいと思うかもしれない」
スイはゆっくりと息をついた。
「だって、気味が悪いだろ?人には聞こえないものが聞こえる。人には見えないものが見える。この国じゃ、呪術なんてものはまかり通らない。精霊の子、なんて呼ばれてもてはやされてるけど、自分で自分が恐ろしいよ。川が語りかけてくる。けどさ、精霊なんて、見たことはないんだ。蛟なんて、見たことはないよ。じゃあ、僕が聞いているものは一体何なんだ?僕に夢を見せるものは、一体なんだ?」
カグが何も言えずにいると、スイはふと微笑んだ。
「なんてね。まあ、かっこつけて言うと自分を探す旅かな。そういう古い資料が残ってるのは、この街だけだから。近くまで来たんだし、つい来ちゃった。……さ、まだはやいけどご飯にしようよ。僕朝からずっとあそこにいたから腹が減って死にそう。ついでに、色々情報も話すよ。カグさんにも知ってもらいたいことが、たくさんあるからね」








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