20 | ナノ




 それから一夜あけて、次の日の早朝、カグは馬で街を発った。紅い蝶のところから逃げて以来武器を持っていなかったカグは、しばらくは武器なんか使えないから、ということでヨギの持っていた武器をごっそり譲り受けていた。さすがにカグと同じ短距離型で、装備はカグのもともと持っていたものとそっくり変わらない。
 西門から出て、大路をずっと駆けていく。最低限馬を休ませて、おおよそ半日、カグはその廃墟にたどりついた。
 潮風が直に吹くおかげで、街は見るかげもなく荒れ果てていた。おそらくは立派な城だったのだろうが、街の中心部に見えるのはかろうじて高さだけをたもった、崩れかけの塔だ。
「なんてざまだ……」
 カグは呆れてつぶやいた。自分の一族の祖先の国といえど、カグにしてみれば見たこともない廃墟にすぎない。
「紅い蝶の根城とは趣向が違うな」
 カグが囚われていたあの廃墟の街は、石畳が印象的な、低い建物の点在する街だった。しかし、この街は土そのままの路、建物は木造で、焼け焦げ朽ち果ててはいるが、おそらくどれも高さのある構造をしていたのだろう。
 カグは馬からおり、手綱をひいて歩き出した。このどこかに、スイはいるはずだ。カグは屈みこんで、地面を注視する。乾いた土の上に、まばらに雑草が生えている。
「さすがに足あとはない、か……」
 はなから期待してもいないが、とカグは立ち上がった。馬が足踏みするのをなだめて、街の中心に向かって進む。
 途中、崩れた建物の残骸が路を覆っているところがあって、迂回路を探すはめになったが、それがかえって城跡に向かう大路をみつける手助けとなった。カグは、その大路を中心にスイを探して回った。なんの情報も得られないまま日は傾き始めていて、カグはあわてて夜を越せる場所を目指す。目星はとうについていた。いや、それ以外に選択肢は無かった。まともな建物の形を残しているのは、城跡しかなかったからだ。
 カグが城跡についたころ、薄暗くなった空には薄雲がかかっていて、カグがあつめてきた木材を燃やし始めたころには雨が降り始めていた。崩れかけた石造りの建物に馬もひきいれて、雨をさける。ちょうどいい大きさの石にこしかけて、カグはため息をついた。
「無駄足かな」
 カグの目的は、スイを探すことだ。ここでスイが見つからなければ、それはカグにとっては無駄足だ。ヨギなどは、ここで紅い蝶に関しての知識を得られるかもしれないと言っていたが。
 そのヨギの言葉を思い出して、カグははたと動きをとめる。
「調べ物?……そうか、スイはそれを求めてここへ?」
 人のいたという物理的な足あとを探していたカグは、がつんと頭をなぐられたような気分になった。スイが何をしにこの街へ向かったのか。それを考えないなど、旅をするのに水を持っていないようなものだ。初歩的な失態だ。
 カグは、鞍にかけた荷袋から干した肉をとりだして、それをかじりながら火で身体をあたためる。この街の様子をみても、まともに資料がのこっているとは思えない。しかしそこで、カグは、自分がとらわれていたあの街を思い出した。地下にもぐったあの街を。
「もしかして、ここか」
 カグは立ち上がって、あたりを見回した。城の跡だ。奥へと続く通路をふさぐように石が崩れ落ちているが、人一人ぐらいは通れそうなすきまはある。歩いて行ってその通路の奥をのぞきこみ、カグは顔をしかめた。真っ暗で、湿っぽい。さすがに明かり無しでは、さしものカグもためらうような場所だ。しかし、資料が無傷で残っているとしたら、この奥であることは間違いない。そして、おそらくは、地下。
「明日にするか……」
あきらめて馬のそばに戻り、火に灰をかぶせて、くすぶるような弱さにする。そのままカグは眠りにおちた。

 翌日、明るくなるのと同時に目覚めたカグは、城内を探索するための準備をはじめた。雨はやんでいたが、曇っている。馬をつれて川を探し、近くの木に長く綱をむすぶ。草地なので、餌に困りはしないだろう。鞍ははずして枝にかける。荷袋から、最低限必要なものだけを取り出して、それからカグは松明をいくつも作った。
 その城跡に戻って、松明に火をともしたカグは、短刀をゆるめてすぐにでも抜けるようにしてから、見つけた通路の奥へと進んだ。予備のたいまつは腰にさして、いつでも替えがきくようにしておく。
「スイがここへ来たというのなら、あいつは相当肝が座ってるぞ……」
一人ごちて、その声が石壁に反響するのを聞き、カグは口をとざす。相当遠くまで響く。自分以外に誰もいないとはいえ、警戒するにこしたことはない。
 いくつか曲がり角を曲がり、松明を二本目に替え、なにぶん真っ暗なので時間感覚を失いかけた頃、カグは広間と思しき場所へ出た。天井は高く、綺麗な形でのこっている。そこから光が入っていて、カグはたいまつを消した。それに、驚くべきことだが、広間の端を抜けるように、小川が流れているのだ。しかし、カグの気をひいたのは、それではなかった。
「馬……」
 その小川のとなりに、馬が佇んでいた。覚えのある毛色。そう、それはスイの馬だ。カグは思わずため息をつく。
「まさか、こんなに近くにいたとはな」
 おそらく、スイは城の外から回りこんできたのだろう。馬の側をぬけて広間の外に出ると、天井のない石の通路があって、直に海が見えたからだ。太陽は見えないが、おそらく昼過ぎ。一度も空腹にならなかったカグは、時間を意識したとたんに喉の乾きを覚えた。
 しかし、ここに馬をとめたということは、近くにスイがいるはずだ。しかも、馬のそばに鞍が置いてあって、そこには荷袋が、ほぼ中身の残った状態で置いてある。気軽に戻れる距離だということだ。カグは予備の松明をそこに置いて、身軽になって広間を見回した。
 広間の外周には、5つの通路が等間隔に並んでいる。そのうちひとつは先ほどカグが出てきたところで、もうひとつは外につながっている。残っているのは3つだ。二本目の松明を手に、一つの通路を行く。しかしいつまでたってもどこにも辿り着かず、カグはあきらめて引き返した。明らかに、手軽に広間と行き来できる距離ではないからだ。
 次の通路も似たりよったりの状態で、もしかすると通路ではなくて広間の床にでも仕掛けがあったのではないかとカグが疑い始めた、その次の通路。しかしそこで、カグの予測は良い意味で裏切られる。
 その通路は、すぐに下へと続く階段につながっていたのだ。カグは、足音をひそめて階段をくだる。3つほど踊り場で折り返し、4つめの踊り場で、見事な装飾のほどこされた石の扉に行き着いた。
 ゆっくりと、扉を押し開く。ふわりと空気がゆれた。








戻る
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -