19 | ナノ



 カグは、一瞬間をおいてから首をかしげた。
「スイが?そんな馬鹿な。何を根拠にだ?」
 ヨギは、疲れきったような表情でうつむいた。
「皇子たち一行が、俺に別れのあいさつをしにきた時、すでにスイはいなかった。ムオウの話だと、紅い蝶との戦闘が終わったところから姿が見えなかったらしい。死体の中にもそれらしきものはなかった。俺たち近衛士は、スイが裏切り者なんじゃないかという意見で一致した。さすがに、皇子の前では言わなかったけど」
「それだけか?スイが紅い蝶に連れ去られたっていうことも考えられるだろう」
 ヨギは首をふる。
「考えてもみて。そもそも皇子が連れだされたのはスイのせいだ。そのために皇子は危険な目にあうことになった。それにな、リオンが慌ててサクを連れて広間に駆けつけた時、スイが無傷でいるのが目撃されてる。街長とその兵士たちですら紅い蝶の標的になっていたのに、なぜスイは無事だった?スイは武器も持っていないんだ」
「だが、」
 なおも食い下がろうとするカグの言葉を遮って、ヨギは言う。
「あくまで、可能性だ。でも、そう考えるとしっくり来るだろ?そういうことだよ」
 ヨギはそのままずるずると寝台に横たわった。
「ちょっと、寝かせてよ。傷が傷んでしかたない」

 部屋を出たカグは、どこへ向かうともなく街の中を歩いていた。長があまりにしつこく言うので、月の民と分からぬように頭巾をかぶっていたが、もうしかすると、月の民が恐れられているのは紅い蝶と関係があるのかもしれない。
「いや……」
 それはほぼ確信に近い。
「しかし、どうしたものか」
 皇子を追おうとするのなら、このまま街を出て、予定していた次の街、ウカナ・サラに向かうべきだ。だが、トカル・サンからウカナ・サラまでの経路はいくつかあって、カグには一行がその経路を使ったのかが分からない。一行がどれほど進んでいるのかもわからない以上、すれちがう確率は高い。もしかしたら、紅い蝶の襲撃から、次に行く街を変えているかもしれないのだ。
 もうひとつ、確かめたいこともある。スイの行方だ。
「そうか、門番に聞けばいいのか」
 カグは、ふと気付いてそうつぶやいた。スイがもし、紅い蝶と共に去ったのであれば、門番の目には止まらない。しかし、何らかの事情があって自分から街を出たのであれば、必ずどこかの門を通るはずだ。
 カグは、街の外壁をぐるりと一周して、その日門番をしていた門兵全てに事情を聞いて回った。かんばしい結果が得られないまま最後の門にたどり着いたとき、諦めかけていたカグに、スイを見たという者が声をかけてきた。彼によると、スイは、騒動が鎮まってまもなく、街の西門を抜けて路なりに馬を走らせていったということだった。カグは、その兵士に丁寧に礼を言って、城まで戻った。
 カグは、荷物の中から簡易な地図を取り出して難しい顔でそれを睨む。トカル・サンは、皇国の中央よりすこし北側、ラシャの西側に位置する街だ。そこより更に西へ行くと、ずっと小さな集落が点在する農耕地が広がっていて、海のすぐそばに、廃墟と化した街はひとつ。
「海の側……」
 カグが思い出したのは、サラが語っていた、天龍丸の伝説。そう、紅い蝶の王国があったのは、確か海に面する崖の上ではなかったか。廃墟の印のすぐ横、海岸は、崖であるという描かれかたをしている。
「廃墟、というのも巧妙なものだな」
 カグは思わず苦笑をうかべる。皇国が滅ぼした小さな小さなその国は、もうどこにもありはしないのだ。
「しかし、スイはそこに向かって何をしようとしている?」
 カグは腕を組んで考えこむ。滅びた王国のある場所へ向かう理由。いや、そもそもスイは、なぜその廃墟を直接めざしたのか。なぜ、その存在を知っていたのか。
「水の民、だからか」
 それは、いくら考えてもわからないことだ。カグは立ち上がる。
「後を追うにしたって、ヨギの意見も聞く必要はあるな」

 結局のところ、ヨギは、皇子の一行の行った先について何も知らないということだった。
「後を追っても、まず一行に行き着くだけで精一杯なんだろ。だったら、スイの後を追ってみればいいよ。紅い蝶の、昔の根城か。そこに行けるのなら、奴らを一網打尽にできる情報があるかもしれない。それに、俺もな、天龍丸については気になっているところではある」
ヨギはそう言って、ふと笑んだ。
「ま、俺がなんと言おうとお前はスイの後を追うんだろ。行きな。重傷負った俺の言えることじゃないが、気が散った今の状態のお前じゃ、一行に合流したって足手まといだろうさ」
「恩に着る」
 カグが慇懃に頭をさげると、ヨギは、気味の悪いものでも見たかのような表情をした。
「カグに頭下げられるなんて気持ち悪いね。さっさと行けよ」









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