16 | ナノ




 カグは、全身びっしょりと濡れた状態で目を覚ました。仰
 向けに横たわっている。
 見上げる先は、満天の星空だ。半身は水に浸かっていて、ひどく冷たい。ここは、黄泉かと思った。
「あの、大丈夫ですか」
 女の声だ。視界にうつりこんできたのは、白い女。
 つかっている水は、冷たく、おだやかな流れがある。おそらく、川だろう。ふん、三途の川にしては、ずいぶんとおだやかなものだ。カグは、再び目をとじようとしたが、女が背に腕をさしこんできたことで、それはかなわなかった。
「ひどい顔色。近くに仲間がいますから、そこまで辛抱して」
 よろめく女に、背負いあげられる。とたんに、全身に痛みをおぼえて、カグはうめき声をあげた。痛みがあるのだから、どうやらここはまだこの世らしい。この女は誰だ。
 よく見ると、その女は、銀色の髪をしていた。まさか、月の民か。
「大丈夫ですよ。暖かくして休めば、良くなりますからね」
 女が、苦しそうな声で、あやすように言う。細い身体で、力の抜けた女一人を背負うのは辛いのだろう。女が一瞬片手をはなして指笛をふくと、そうたたないうちに仲間とおぼしき女が一人あらわれた。その女も、銀色の髪をしている。
「予言の?」
「ええ」
 あらわれた中年の女に、最初の女がこたえた。中年の女は、カグを背負っている女をささえるようにして歩く。しばらくすると、柱に布を張っただけのような、簡易な住居らしきものが2,3見えてきた。天幕のような。
 カグを背負った女がその中に入ると、待ち構えていた数人の女がカグをおろして、丁寧に寝台にねかせた。みな一様に、銀色の髪。カグを背からおろした女は、大儀そうにため息をついて、天幕から出て行った。
 天幕のなかには小さな焚き火があって、ほわほわと暖かい。冷えきっていた手足に血が巡ってきて、その痛みにカグは顔をしかめた。途中でやってきてた中年の女が近づいてきて、一言ことわって、カグの身体にに触れる。
 近くで見ると、間違いなく彼女は月色の目をしていた。
「ひどい顔色だね、何日もまともに食べてないって顔だ」
けどあんた、どうしたらこんな傷ができるんだい、と女は言った。その視線は、カグの手首や足首の、
枷とすれてできた傷にむいている。カグは、ただぼんやりと女を見上げたまま黙っていた。女は、ふとカグと視線をあわせて、にかりと微笑んだ。
「ああ、そうだ。あたしはコウってんだ、お前さんを拾ってきたのはサラ。見ての通り、あんたと同じ月の民だよ。流れながら生活をしてるんだ」
「予言、というのは……」
「サラは精霊の子だからね。あんたがあそこにいるだろうって言い出したのさ。命の恩人だよ、感謝しな」
 こうして助かってみると、混乱していて思いもしなかったことを考える。自分があの牢で生かされていたのは、皇子との交渉材料にするためだと思っていたのだが、皇子が死んだというのに、なぜそれでも自分は生かされていたのだろうか。糧、というのは何のことだろう。
 カグは、コウから視線をそらしてまばたきした。深く詮索もせず、いくら同族とはいえ見知らぬ女をただ手当てするなど、どれほど不用心なことか。もしかしたら、自分は騙されているのかもしれない。なにもかもが信じられなかった。
 不意に、同じ月の民のサクを思い出して、カグは動揺を隠すように目を閉じた。探しているのだろうか、自分を。それとも、皇子が死んで、役目がなくなったと、王宮に戻ったのか。だが、もう気にしないと決めた。皇子のことも、国のことも。
「……ラシャから離れろ。近くにいては、死ぬぞ」
 目をあけてそうつぶやくと、女は、やっぱりと言って微笑んだ。焚き火の近くに座っていた女のうち一人が、静かに天幕から出て行く。しばらくして、その女はサラをつれて戻ってきた。よくよく見れば、サラはおそらくカグより年下で、大人になりきっていない、あどけない面影がのこっている。サラは、目を伏せてカグの寝かされている寝台のすぐ横に腰を下ろした。
「やっぱり、あなたは、王宮から発った一行にいた人ですよね。つい5日ほど前に、トカル・サンが紅い蝶に襲撃されたと聞きました。使者は、皇太子殿下なのでしょう?」
 全てを知っているかのように話すサラの真意をさぐろうと、カグは彼女の顔をみつめた。生々しく心をえぐった一件にふれられて、カグは内心落ち着いてはいられなかったが、長年の近衛士としての習性が、カグの心の変化をおもてにはださせなかった。カグは、やはり黙ったままでいた。サラは、その月色の目を物憂げにふせて、言葉をつづけた。
「コウさんから聞いていると思いますが、私は精霊の子なので、天の声を聞くことができます。しばらく前に、私は、私に語りかける声を聞いたのです。その声は告げました。予言の日は近い、と」
サラは、前髪をかきあげて、精霊の子であるしるしたる、額の刺青をカグに見せた。三日月の文様の、薄い色の刺青。
「予言……」
「ええ。ご存知ありませんか。一族につたわる予言の日の伝承は」
 カグは首をふった。そもそもカグは月の民の血を持ってはいるが、親は流浪から離れた身で、それもカグの物心つくまえに死んでいる。
「私達は、それを王宮に伝えたい。でも、私達は馬をつれていますが、乗れるものが今はおりません。単独で行動できる若い男衆は、みな、冬を前にしてちょうど出稼ぎに出ていて、共にはいない。あなたと行き会ったのも、きっと龍のご加護の証です。できれば、これをあなたに、王宮に伝えていただきたいのです。それが、天の求めることなのでしょうから」
 急を要するのです、とサラは言った。そして、カグの目を見て、わずかに首をかしげた。
「聞いていただけますか。同族として、あなたにお願いしたいのです」
 カグは、その視線から逃れるように顔をそむけた。すぐにできる決断ではない。それを伝えたとて、なんになるというのだ。
 サラは小さくため息をついた。
「わかりました。あなたには休息が必要ですし、動けるまで回復するには時間がかかります。その間に、私の話を聞いていただきます。予言の日の伝承、天龍丸の話を」
 サラはそして息をすいこんだ。
「あるところに、小さな小さな王国がありました」








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