14 | ナノ




 銀色の髪を風にはらませて、カグが大きく跳躍した。
 前から迫る一人の腕を蹴りとばし、その反動で今度は刀を突き出した一人のの手首を蹴り壊す。そいつの取り落とした刀を空中で掴み、着地したカグは体制を立て直すついでにとそれを横にぶんと薙いだ。さすがは訓練された戦闘員とみえて、それは避けられる。カグは、不得手とする長物を捨てて、短刀を下段にかまえ、路地に飛び降りた。
 屋根から一斉におりてくる敵の一人に狙いをさだめ、地面に落ちていた石を投擲、はじいているその隙に、小刀を投げる。刃は吸い込まれるように敵の腹にむかい、敵は体制をくずして地面に落ちた。見届ける前に、前方に回転跳躍して、投げられた武器を避ける。
 カグは、そうやって敵をすべて後方にあつめてから、右手に、爆薬をつめた袋をみせびらかすように持って振り向いた。敵が距離をとる。しかしカグはそれを投げることはなく、踵をかえして前方へ走る。火薬はあれども、火種がなくては意味がない。敵も間髪入れずに追ってくる。
 カグは、ただ、皇子の元にさえたどりつければ良いのだ。そこには仲間もいる。家の間をぬって、ようやく中心の建物にたどりつこうとした時、ひときわ大きな爆発音が響き、あたりが一瞬煙にのみこまれた。カグの視界が消える。それが、命取りになった。
 カグは、腹に重たい一撃を受けて、そのまま意識をうしなった。

 ぴたん、ぴたん、と水滴の落ちる音で目が覚めた。ぼんやりとした意識が、記憶をよみがえらせまいと、再びおだやかな眠りへとさそってくる。カグはそれをなんとか振り払って、周りに意識をむけた。人の気配はない。目をあける。
「……」
 仰向けになって上を向いているが、その視線の先にはしめっぽい岩の天井があるだけだった。身体の下には、乾燥した藁かなにかが敷かれていて、寝心地は良くないが別段悪いわけでもない。身体には、脱がされた防寒具がかけられている。
 起き上がろうと手をうごかして、手首につけられた鉄の枷に気がついた。見ると、足首にもはめられている。腹に力をこめた瞬間に激痛がはしって、状態をわずかにうかせただけでカグは藁の床に逆戻りした。情けない声がこぼれる。
 ゆっくりとうつぶせになって、腕の力にたよって起き上がった。枷につながる鎖が、耳障りな音をかなでる。防寒具が身体からずりおちる。身体がだるい。ふわふわして、力がはいらない。
 改めて周囲を見ると、そこは小さな岩牢で、一方だけ開いた空間には鉄格子がはめられている。
 あたりは暗くて、外の光も入らないから、今が昼か夜かも分からない。格子から見えるのは、細い通路と、たかれた灯り。水滴は、その通路でしたたっていた。武器は、当然のごとく全てうばわれている。
「随分と待遇がいいことだな」
牢には床いっぱいに藁がしきつめられていて、そばには新しい毛布がもう何枚か積まれていた。手足の枷は格子につながれているが、牢の中なら充分にうごきまわれる。岩牢、という場所には似合わない待遇だ。こういう牢には、べつに死のうと知ったことではない、という状態で放置されるのが常なのだから。
 ちくりと藁が脚にささって、カグは毛布を手にして立ち上がった。天井は、ちょうどカグが手をのばせばとどく高さ。カグは、脚や背中についた藁をはらいおとして、床に毛布を敷いた。その上に座りなおして、積んであった毛布を身体にまきつける。そうして落ち着いてから、カグはようやく、こうなる前までの記憶をたぐりよせた。
「マツリ……」
皇子は、無事だろうか。おいてきてしまったサクや、他の近衛士たちは。自分がつかまったのは、やはり、赤い蝶なのだろうか。だとしたら、月の民だからという理由をつけて皇子から護衛を引き離した、あの街の長もぐるだったのか。
(しかし……)
 なぜ、捕らえてきたのだろう。生かしておくのだろう。殺してしまえば良いものを。自分の命があることが、かえって薄気味悪いほどに、不自然だった。こんなに、待遇が良いことも。
(交渉材料にするつもりか)
 そう考えれば納得はいく。人質は生かしておくものだ。そうなれば、自分が生きているということは、仲間にとって厄介なことになる。早々と自害しておくにこしたことはない。
(しかし、早まるなよ)
 自分の身とひきかえになるものがあるほど、カグは高等な身分ではない。だとすれば、交渉相手は自然と限られる。
(皇子、か?)
 不自然ではない。身分に関係がないとしたら、その価値は情にうったえかけるものになる。つまり、その仮説が正しいとすれば、皇子は生きているのだ。そして、少なくとも、紅い蝶に拘束されているということもない。
 カグは、無意識につめていた息をはきだした。そのひょうしに、腹に鈍痛がはしる。そういえば、そこに一撃をくらって意識を失ったのだった。
 とにかく、様子をうかがってみるのが得策だ。よくよく考えたら死に急ぐ必要はないのだ。交渉材料にされそうになったところで、どうにかして死ねばよい。いざとなれば、手足の鎖で自分の頸をしめればよいことだ。カグはふたたび横になった。すぐに睡魔がおそってくる。
 敵陣に囚われたというのに、呑気なことだ。そう自嘲して、カグは目を瞑った。








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