13 | ナノ




 周囲に警戒しつつ、順調に道のりを進んだ一行は、王宮を発って三日目の昼前、トカル・サンの城壁をおがむこととなった。トカルと名のつく街は、街全体が城壁にかこまれた、防御に特化したかたちをしている。これは皇国が武装化するにあたって、大陸側からの攻めに対する策としてつくられたものだ。
 その城門が大きく開いて、一行を迎え入れた。待ち受けていた数人の兵士と、初老の男性が頭をさげる。トカル・サンの長の補佐である。
「よくおいでになられました、王都の方々。先に伝令の鷹がまいりまして、要件は聞き及んでおります。お急ぎとのことで、我らもそのように。長がお待ち申し上げております」
 それぞれの馬に、一人ずつ兵士がついて、導いていく。その中で、カグとサクは、進むことを許されなかった。
「申し訳ございません。我らに伝わる古き伝承により、月の民の方々には、街にお入りいただくことはお許し願います。すぐそこに、宿が用意してございますので、そちらに向かわれませ」
補佐が、深々と頭をさげた。
「なぜだ。我々は近衛だ。使者のお側をはなれることは出来ぬ」
カグがそう抗議するが、補佐は頭をさげつづけた。
「我らが迎え入れても、街の者がよく思いません。使者殿の立場を悪くなさるだけでございますので、なにとぞご容赦を」
なおも食い下がろうとしたカグに、皇子が声をかけた。
「よい、カグ。サクと一緒に待っていなさい」
使者らしく固い口調の皇子と視線をあわせたカグは、苦々しく思いながらも、おとなしく先導の兵士に馬の手綱をまかせた。皇子と、残った護衛が街の中心部に案内され、後ろ姿が小さくなっていく。
「驚いた」
となりで、ごく小さな声でサクが言うのに、カグは頷いた。異種族がまじっていることに、何の違和感もおぼえなくなっているこのごろ、しかしまだ内陸部では、こころよく思わない者もいるのだ。海に近い街では当たり前のことも、遠く離れた場所では違う。王都はどちらかというと海に近い。だから、そういう感覚と触れ合うのは久しぶりだった。だが、月の民に限定された差別は、なんのためなのだろう。
 案内された宿は、宿とは名ばかりの小さな平屋だった。厩に馬を入れ、中にはいる。外に、兵士が待機している気配を感じて、カグは眉をひそめた。
「監視されている」
「まあね、外にださないためじゃないの?気にしないことね」
サクが軽い口調でそう言って、椅子に腰掛けた。
「仮にも王都からの使者なんだし、丁重にあつかわれるでしょ。さすがに皇子サマだなんて言ったら恐縮されちゃってとんでもないから、こっちのほうが良かったりして」
「まあな。……何もなければいいんだが」
カグは祈るような気持ちで、サクのとなりに腰掛けた。
 
 予測の範疇だ。これほどの論戦は。広間に案内されたマツリは、心の中でそうつぶやいた。
「しかしですな、使者殿。水をにがす方法など、ほかにいくらでも有りましょう。王の直属のことではございませんか」
トカル・サンの長は、年齢を感じさせない口調でそう言った。さきほどからずっとこの調子である。長の言葉には、言外に、知ったことかという調子がふくまれていた。確かに、水門など開けずとも、この上流地帯に直接の害はないのだ。ただ、下流で氾濫するだけで。
「だが、長い目で見れば、この街にも利益になることです。水門を開けば再び水路を使うことができる。もう二度と、水門を閉じよと命ずることはないと、約束します」
「そうはおっしゃいましても、今そこにいる民をどうせよと。民に家を用意し、暮らしを安定させるために使える金があるほど、我が街は裕福ではございません」
国の予算にも、そこまで回す金が残っていないことは明らかだ。それを知ったうえで言っているのだ、この長は。
「でしたら、債を出し、豊かな民に買ってもらえばよいでしょう。自分の街のことだ、いずれ利子付きで返ってくるのだとすれば、拒む者も少ないと思われるが」
債とは、国や街が、自身の民に対して借金をする時、その保証となる契約書のことである。この制度は、外国からとりいれられた。
 長がさらに言葉をかえそうとした時、皇子の後ろで待機していた近衛兵たちが一斉に立ち上がった。その緊迫した雰囲気につられてか、長のうしろに控えていた街の自衛軍兵士も立ち上がる。
「どうした」
マツリが問うより早く、近衛が皇子をとりかこんだ。ヨギが短剣を抜いて言った。
「完全に囲まれています」

 無言のまま時間が過ぎた。あからさまに不機嫌なカグと、触らぬ神にたたりなしといったふうのサク。ふと、空気が凍る。サクは総毛立って固まった。嫌な感じだ。カグが、がたりと立ち上がる。キン、と張り詰めた空気。それは、まさしく、戦闘直前の緊張。永遠に感じられる一瞬の後、遠くで爆音がひびいた。街の中心部、皇子が案内された場所。
「――――マツリ!」
カグが、目にも止まらぬ勢いで扉を開け放ち、飛び出していく。鬼気迫るその形相に、外で待機していた兵士たちは及び腰で手を出せずに固まった。
「ちょっとカグ!!」
彼女を追おうとして外に出たサクは、しかしカグの後ろ姿を呆然と見送っていた兵士にとりおさえられる。
「離せ無礼者!」
全力で抵抗しにかかるが、さすがに槍を使うわけにもいかず、大人の男二人になすすべもなく押さえつけられる。火の手の上がる街の中心部に向かって消えていくカグの背中を見つめ、サクは歯をくいしばった。
「頼むよ、カグ」

 次々と火の手のあがる街、ざわめきたつ民を無視して、カグはひたすら走った。途中、月の民だと怒鳴る声がして、手が伸ばされたが、難なくかわして走り続ける。しかし追いすがってくるので、カグは、木造の家の窓をつたって、家々の屋根へとあがった。屋根づたいに、街の中心へ。
 視界が高くなったことで、状況がほんのすこし把握しやすくなる。皇子たちが案内されていった街の中心には、この街で一番高さのある建物。その建物が煙をあげていて、周囲の家が燃えていくのだ。
 一目散に、その建物に向かって走るが、視界のすみを黒い影がよぎる。瞬間に危機を察したカグは、上体をかがめて屋根を転がった。
「……」
今までカグが立っていたところに、短刀がつきささっている。カグの立っている屋根の、四方を囲むの建物の屋根に、同じ黒い装束を着た者達があらわれていた。一様に覆面をしている。
「赤い蝶か」
カグの、断定に近い問いかけには答えず、彼らは一斉に彼女めがけて走り寄ってきた。カグは舌打ちをして、短刀のさやをはらう。
「くそ、マツリ……」
龍よ、護り給え、そうつぶやいて、カグは戦闘態勢に入った。








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