12 | ナノ




 翌日、マツリが帝に報告したことはそのまま受け入れられ、昼に一行は発つことになった。その後に行われる会議で、帝は事前に決めたとおりに重臣たちに報告するらしい。ついでに、上流都市へ「使者がゆく」という鷹をとばすということだ。マツリはしきりに父の事を気にしながらも、頭の中でしっかりと計画をさらって、ゆるぎない表情で護衛の元へやってきた。
「よろしく頼む。そなたたちを危険にさらすことになってしまうが、許して欲しい。この恩は、国を救うことで返そう」
険しい顔で一度護衛全員と挨拶をかわしてから、皇子はゆっくりと笑顔になった。
「それじゃあ、行こうか。みんな、あまり固くならなくていいよ、私も、カグと旅してた頃の口調のほうが楽だからさ、みんなも楽に行こう」

 馬に乗って、王都を抜けた。
 宮の裏の森から、人の少ない通りを馬を早足に駆ってゆく。
 表向き、一行はゆえあって上流都市へ向かう、王の使者ということになっている。
 王都の門を出ると、村がぽつぽつとある田園地帯に出た。
「カグ、こっからトカル・サンまでどのくらいだっけ」
「この速さなら2日だな。三日目の昼前には着くだろう」
 青毛の馬を心持ち急ぎ気味に歩かせながら、皇子はため息をついた。
「トカル・サンについてから、水害まで15日もない、ってことか。本当に間に合うんだろうか…」
「おいおい皇子サマ、まさか今更ビビっちまってるんじゃあねえですよね?大丈夫、皇子サマには俺らがついてますから、いざとなりゃ馬をつぶしてでも4つの街に送って差し上げますよ」
トッカが、マツリの斜め前から振り向いてそう言った。そのとなりで槍を片手に馬をすすめるサクが、トッカを見て、顔をしかめてみせた。
「トッカ、あなた馬は得意じゃないんでしょ、前向いてないと落ちるわよ」
「さすがにそんなヘマしねえよぉ、俺だって15で海からあがって20年だぜ?さすがに馬くらい…」
言っている最中に、馬が倒木を避けた動きでぐらりと揺れて、トッカは慌てて前を向いた。
「だから言ったじゃない」
あきれ顔のサク。マツリがくすくすと笑うと、トッカは気まずそうに頭を掻いた。
「ま、そういうことでさァ」
「うん。頼りにしてるよ」
 体格のいいトッカは、その豪気な性格に似合いの、無骨な大刀を背にかついでいた。そのトッカと、左に槍使いのサクが前を行き、その後ろを、ヨギとカグに左右をかためられて皇子が続く。皇子の後ろにはスイ、その両脇をかためるのは、短刀と弓の扱いの上手いリオンという若者と、海の向こうから渡ってきた火器、銃をよく扱う、ムオウという男。そしてしんがりには、どちらも華麗な刀さばきで敵を圧倒する、ライとロンという兄弟が配置された。万が一敵が現れたら、弓兵はその場を離脱し、単独行動に移れるかたちだ。
 途中で何度か休憩をはさみ、日が暮れて足元があやうくなってきたころ、一行は小さな雑木林で野宿をすることにした。幸いなことに、道中は馬の飼い葉をはこぶ必要がないほど豊富な植物にめぐまれている。そういうところを選んで進んでいる、というのもあるが、そのおかげで一行の足取りは軽い。
 リオンが首尾よくしとめた野鳥をさばいて焼きながら、一行は思い思いの体制でくつろいでいる。ライだけは、大人の男ふたりぶんほどの高さの枝に腰掛けて、見張りをしていた。
 青毛の馬のすぐそばに立って、その背を撫でている皇子に、カグが静かに近づいた。皇子よりも先に気付いた馬が頭をあげ、ついで皇子が彼女をふりむく。
「カグ。どうしたの」
 カグは物憂げに視線をおとしている。その手には、ひとふりの短剣。
「ああ、お前にこれをと思ってな」
美しい短剣だ。それも、ごてごてと装飾された美しさではなく、限りなく単純な美しさ。純白の柄をにぎり、純白のさやをつかんで、カグはそれをほんのすこし抜いて見せた。
「私の懐刀だ。強度は国一番をほこる。さやは防御に使える」
刃は透き通るようにうすく、血抜きの溝は精巧な文様をえがいている。皇子は、おもわず嘆息した。
「でもカグ、そんな大事そうなもの、もらえないよ。第一、それを私にくれたら、カグはどうするの」
「私は大丈夫だ、懐刀は他にもあるから。それに、やるとは言っていないぞ。お前に貸すんだ、この旅の間。お前の力になってくれるよ、この刀は」
 言外に、無事でこの旅を終えろと言っている。すい、と差し出された短剣を、両手で受け取る皇子。しっかりと懐にしまいこんで、マツリは笑った。
「ありがとう。絶対に、返すから」
「ああ。お前に、龍のご加護がありますように」








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