10 | ナノ





 「演技は、得意かな」
帝の言葉に、マツリはしばし沈黙した。何を言っているのだろうか。
「私は、家臣たちの言うことを支持したかのように振る舞おう。たしかに、念のために王都の堤防を高くすることには意味がある。そして、そなたは、そなた自身の案を断行しようとした、ということにするのだ。私は、そなたがいかに無謀な事をしようとしているのか分からせるために、己のしたいことをさせた、という体面をとる。そしてそなたは、自由に動くがよい」
「父上……」
「それに、祭。私が親家臣派だと思わせておけば、いずれそなたに味方するようにしむけ、家臣たちを懐柔することもたやすくなるだろう。ただ、はっきりとそれを進められぬのが口惜しいが……」
帝は、探るように息子をみやった。
「どうだ、私の案は。部屋に戻ったら、あの護衛……輝と言ったか、彼女と、警告者の若者を訪ねさせよう。三人で考えるがよい。明日、またここで話せるようにとりはからう」
 マツリは立ち上がり、深々と頭をさげた。
「……ありがとうございます、父上」

 退室すると、サクがまた部屋まで案内してくれた。
 そして、皇子は、カグと半日ぶりの再会をはたした。
「よう、お疲れ、みたいだな?マツリ。大体の話はスイとサクから聞いてる」
近衛士の正式な衣装に身を包んだカグは、マツリの姿をみるなりそう言ってにやりと笑った。一緒にやってきたスイは、客人の着る衣装を与えられていた。
「カグ……なんだか、ずいぶん長い間会わなかったみたいな気分だよ」
マツリはしみじみとつぶやいた。そして、深呼吸をして、二人に座るよう言って、自分も二人に向かい合うように腰をおろした。
「それで、どうしようって話なんだけど、」
「いいんじゃないのか。私は、陛下のおっしゃったとおりにすればいいと思うが」
「うん、僕も賛成だね」
すんなりと同意をえられて、しかし皇子は驚かなかった。彼らなら、そう言うだろうと思っていたからだ。マツリが頷くと、カグが腕をくんだ。
「問題があるとすれば、護衛だな。お前が宮に帰ってきたことで、赤い蝶の連中は正確にお前を追えるようになってしまった。一応民には情報などはもれていないが、まあ宮殿にまぎれこんだ裏切り者たちはとっくに連中と連絡をつけているはずだ。帝はお前にたくさんの護衛をつけようとするだろうが……」
「大勢で移動するのは時間がかかりすぎるし、目立ちすぎる、と」
スイが言葉をひきとる。カグは、それもあるが、とつけくわえた。
「護衛の兵士は帝の重臣の家臣だろ?だとしたら、自分に不都合な皇子の存在をてっとりばやく、しかも、自分の手を汚さずに消す機会を与えることになる。赤い蝶の連中を、手引するだけでいいんだ」
「となると、護衛が多いのは逆に不都合だらけだね」
カグは目を閉じた。
「だが、どちらにしろ赤い蝶の危険は大きいな。護衛も相当の手練で、しかも信用できる人、というと……」
「それなら、近衛士で充分だと思うんだけど」
マツリが割って入った。カグも、苦々しい顔で頷いた。
「そうだな。人数は限られるが、一番安全だろう」
「じゃあ、そんなところかな?父はまた明日、って言ったけど、本当は今すぐにでも伝えに行きたいところだよね」
「ああ、まあな。だがまあ陛下も何かとお忙しいのだろうさ。……けど、時間との勝負だからな、これは。今のうちにやれることはやっておこう。旅支度と、ルート決定か」
「そうだね、まずルートかな。僕はあまり河から遠いところの地理に詳しくないんだけど、地図とかないの?」
「あ、ちょっとまって」
マツリは立ち上がって、扉のすぐ脇に置いてある鈴をならした。侍従が一人飛んできて、皇子が彼に地図を頼むと、あまり待たぬうちに、見やすい大きさの地図が運ばれてきた。
 マツリがそれを中心に広げ、北西、つまり上流の4つの都市を指し示した。
「トカル・サンとトカル・ルイ、それにウカナ・サラとウカナ・ハク」
ラシャをはさんで、海から見て左手がトカル、右手がウカナ、それぞれ下流側から、サン、ルイ、サラ、ハクとなっている。
「薄明川の上流都市2つは、関係ないからいいよね。それで、やっぱり時間を気にするならトカル・サン、ウカナ・サラ、ウカナ・ハク、トカル・ルイの順かな?」
右手で反時計回りに四都市を示した皇子は、最後のトカル・ルイから、ラシャに添うようにすっと指を下におろした。
「あの四都市の水門を閉じさせてから、ラシャは拡張工事がされて、川幅が二倍になったんだ。単純計算で、かつては半分の水が水門から水路、そして海に流れてたってことだよね。水害が、その域におさまればいいんだけど」
「それは言っても詮なきことさ。……同時に王都の付近の護岸工事をさせるように、帝に頼むべきだろう」
「それは大丈夫、そうするって父上も言っていたから」
 拍子抜けするほどあっさりと決まったルート。つれていく護衛はカグがすらすらと名前をあげていき、近衛士の事情に詳しくないマツリとスイはそれをカグに放り出した。
「実はちょっと嬉しいだろ、お前」
カグがマツリに言った。彼はふと笑みを浮かべて、口をひらく。
「いや、こんな重大事件になるなら、ただ座って講義を聞いている方がなん倍もマシだって、今しみじみ思ってるところ。私が講義で寝てたって、せいぜい怒られるぐらいだけど、こんどの件でしくじったら、国民が死ぬ。私は、怖いよ」
スイが静かにうなずいた。
「それが、皇子ってものだよ」
 次に、旅支度の話になった。これまたすらすらと必要な物を羅列していくカグに、マツリとスイはお手上げ状態である。
「まだ日が暮れるまで二廻はあるだろう。私は一度近衛士詰所に戻って、さっき名前をあげた近衛士達に護衛を頼んでみる。了承が貰えたらその人数分と、すこし余分に旅支度をしてこよう。……街に出るが、スイも来るか?」
「うん、行かせてもらうよ、勉強になりそうだし」
「悪いが、マツリは留守番だな」
「分かってるよ」
残念そうに言ったマツリにちらりと微笑みかけ、カグはスイをつれて部屋を出た。







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