8 | ナノ




 王宮。
「殿下。広間にて、準備が整いましたので」
マツリはそう声をかけられ、もたついた動作で腰をあげた。こうして重たい装束に身を包んでいると、旅装束が恋しくてたまらなくなる。動きやすさを重視した軽装は汚れていたので捨てられてしまった。宮廷で皇族が着る正式な衣装は、足元も袖も、邪魔な布がとにかく多い。薄い絹でできた装束は肌触りだけがとりえだ。その上頭にも重たい冠などをのせられ、マツリは心底辟易していた。
(カグが、)
一番上に着る、ごたごたと装飾のついた羽織物を、召使が着せてくれるのに身を任せながら思う。
(カグがこんな衣装を着ろなんて言われたら、多分全力で逃げるだろうな)
口元を歪めて笑って、部屋を出た。
 宮に戻り、軽く身支度を整えさせられ、父に会った。挨拶、という名目だったが、マツリは父帝に会って、相当の挨拶を済ませた後すぐにスイを呼び寄せ、これまでの経緯を語った。そこで帝は、すぐに重臣たちをあつめて会議を開くことに決めたのだ。それまでに腹ごしらえを済ませるように、とマツリとスイは一度返された。それまで済ますのに、すでに昼になっていた。
 カグとは、宮に入ってすぐに別れ、一度も会っていない。おそらく近衛士長のところにいるのだろう。

 こちらです、と示して、迎えに来た侍従長はすぐに踵をかえして去って行った。入って、席につく。一段高い席からは、かすかに記憶に残っている重臣も、見覚えのない顔もすべて見渡すことが出来た。末席にはスイがいたが、カグの姿はやはり無かった。
「して、みなに集まってもらった要件は、そこの警告者に話してもらおう」
帝がそう言ったので、スイは立ち上がり、もう一度事の経緯を説明した。話が終わると、重臣たちはざわめき始めた。みな、それぞれの思いを抱いているようだったが、総じて不安なのだろう。
 帝が口を開くと、重臣たちはすぐに黙り込んだ。
「私は、そなたらの監督不届きを今すぐに断罪するつもりはない。そなたらは、長いこと私につくしてくれた。今すぐにしてほしいことは、何よりも、水害を最小限に抑えることだ。案のあるものはおるか」
 マツリは、さっと立ち上がった。ここに辿り着くまでに、考えはある程度まとめていた。
「私は、上流の街の水門を開かせるべきだと考えます。国が閉ざした、水路の水門を開けば、大半の水はそちらに流すことができる」
「しかしですな、皇太子殿下。上流といいますと、トカル・サンとトカル・ルイ、それにウカナ・サラとウカナ・ハクの4都市の事をおっしゃっておられるのでしょうが、すでに、水門を閉ざしてから20年がたっており、かつて水路だった広大な溝はもはや市街と変わらぬのでございますよ」
重臣の一人が言って、帝の方を向いた。
「確かに、上流に水を逃がすというのは良い策でございましょう。ならば、新たに分流を掘って、最短で海に流すが良いかと存じます」
帝が口を開く前に、マツリは反論した。
「しかし、元ある水路は、もともと農業用にも活用されていたものだ。貯水池もあったはずだ。新しく掘るのでは、時間が掛かり過ぎる」
「皇太子殿下、それでは住民をどうしろとおっしゃるのですか?…陛下。やはり、ここは我らの軍も使って、最短で水路を掘らせるが良いかと。己の暮らしを守るためとあらば、民も喜んで協力しましょうぞ」
 へりくだった笑みを浮かべる重臣に、マツリはさらに強い口調で言った。
「それでは駄目だ!そもそも水門を閉ざしたのは、国の勝手だ。四都市の住民たちは、今でこそ順応して畑作に移行したりと、なんとか暮らしているが、国に良い感情を持っていない。それに、今回の水害で一番被害が大きいのは王都以下の人口密集地だぞ。我らが滅べば、彼らは侵攻してきた他国に喜んで下るだろう。それに、兵を使うとそなたは言ったが、そんなことで兵を疲弊させれば、万が一水害が抑えきれずに他国の侵攻を受けた時、誰が国を守るのだ!」
「それでは我らに、どうしろとおっしゃるのですか!我らの言うことになど、民は従いませぬぞ!…帝」
 更に言い募る重臣を見て、マツリはすとんと椅子に座り込んだ。そして、呆然と、重臣たちと帝のやりとりを眺めた。深い失望と、困惑がおちた。どうして、彼らは、最良の策を最良と認めないのだ。どうして、彼らはむきになって、私の案をしりぞけようとするのだ。どうして。
 スイは、痛ましい気分で、力なく椅子に身を預けた皇子をみやった。
(マツリには、見えていないのだ……)
重臣たちが、何を恐れているのか。彼らは、失うのが怖いのだ。己の富と権力を、突然舞い戻った皇太子などによって、奪われたくないのだ。
(ここで素直にマツリの意見を受け入れれば、彼らにたてられる手柄は残らない。自分たちの監督不届きによって予知できなかった水害を、突然知らせに来た皇子を黙らせるのは、彼らにできる唯一の護身なのだろう……)
かすかに青ざめて、目の前でかわされるやりとりを聞いているマツリを見ていられずに、スイは目を閉じた。







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