6 | ナノ




 見張りしようか、と手をあげたスイを「お前みたいな弱そうなのにやられたら逆にこっちが疲れる」と切り捨て、おおよそ丑三つ時。
二人分の寝息を横に感じながら、カグは木の下にあぐらをかいていた。
 ときおり梟が鳴くほかに、生き物の音はしない。
 赤い蝶に皇子の居場所が知られているはずはない、と思いながらも、茂みという茂みが、刺客を隠しているような錯覚に陥る。
 さわ、と不自然な動きをしたひとつの茂みに石つぶてを投げると、あわてたように小さな生き物がとびだして、森の奥に駆け去っていった。
「いつもそうやって不眠番してるの」
無声音でささやかれ、カグは小さくうなずく。
「野宿の時は、一応な。こいつになにかあったら首が飛ぶのは私だからな」
「…驚かないんだ」
「なにが」
 首をめぐらせ、不審そうにスイを見るカグ。
 半月が、二人の明るい色をした髪を白く浮き上がらせる。
「…お前が少し前に起きたのは知っている。呼吸の間隔が変わったからな」
スイの言わんとすることを察して答えたカグの耳に、ひそやかな笑い声がとどく。
「なにがおかしい」
「いや、別に」
「ならさっさと寝ろ」
「分かってるよ、けど…」
言葉をつまらせたスイに、首をかしげるカグ。
「…いや、やっぱりなんでもない。おやすみ」
「ああ」
カグは追求せず、再び正面をむいた。

 翌日朝早く出発し、森をぬけ、川をこえ、そうしてたどり着いたのは王都のとなりの街。
 ためらいなく一軒の宿屋をめざすカグの髪を染める太陽の光は紅くやけていて、夜はそう遠くない。
そこらの宿はもう帳場を閉めはじめている。
「こっちだ」
二人を招き入れるカグの向き合っている建物は木造二階建て、宿屋のようだ。
「あの森を抜けて丸1日は短縮できたな。それで、宮に明日到着するとして、水害まで短くて18日ってことだ」
 木戸を入ると暖かな光がもれてきて、女将があら、と目を見開く。
「カグさんにマツリさんじゃないの。元気そうね、相変わらず飛び回ってるのかしら?」
「お久しぶりです。女将さんもお元気そうで。こちらはまあ、そうですね。ちょっと海の方に行ってました」
 にこり、と怖いくらい自然な笑みを浮かべるカグ。
「そうなの。いやね、あたしはもう腰が痛くて痛くて…やっぱり年かしら」
「いやいや、女将さんはまだまだお若いですよ」
「カグさんったら、何も出ないわよ、持ち上げたって」
「いやいや、本当ですよ。それで、宿を一晩お願いできますか」
 そつなく会話しながら宿をとったカグは、マツリとスイに向きなおって、奥の通路をさししめした。
「大部屋だ。私達の他に客は3、4人ってところだな」
 そしてさっさと歩き出す。
「部屋に行く前に、夕飯だ」
 一つ扉をへだてた先が、賄い所だった。天井から吊るされた大きな鍋で、ぐつぐつと何かが煮えている。良い香りが満ちている。
「お、お客さんかい?今夜はあんたらで最後だな」
「姉ちゃん月の民か!そっちの兄ちゃんは水の民か?妙な連れだな、黒髪の兄ちゃん」
「ささ、座りなよ。ラシャで美味そうなギョンイ(渡り鳥)を捕ったんでね、鳥鍋だよ。ちょいと季節にゃ早いが、美味いぞ」
 すでに鍋を囲んでいた数名の男が次々とまくしたてる。まだ防寒を気にせずにちょうど良く歩ける季節に、あつあつの鍋を囲む。身体が芯から暑くなる。大鍋が空になる直前に、帳場を閉めたのか、先ほどの女将が入ってきた。
「ちょっとみんな、あたしの分は残ってるんだろうね?」
 大慌てで鍋をのぞきこむ女将を見て、さっと一人の男が、もう一杯と椀によそおうとしていたお玉をひっこめた。
「ちょっとヨイさん?あんた、食い過ぎなんじゃないの」
 女将にきっとにらまれて、ヨイは髭面をかいた。
「ばれちまったか」
 とたん、笑いの渦が沸き起こる。怒ったような表情をしていた女将に、別の男が汁を椀に盛ってさしだした。
「まあまあ、女将。あんまりプンプンしてると、早死にしちまうぜ」
「全くあんたらはねえ、あたしが死んだらあんたらがこの宿継いでくれるのかい!」
「おう、任せとけ!」
 飛び交う軽口と、笑い。なごやかな雰囲気の中で、男たちが一斉に部屋に引き上げるのと一緒に、女将に見送られながら、カグ達も部屋へ向かった。








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