5 | ナノ




 街をぬける街道もあったが、今は時間が惜しい、とカグが近道の森へ入り、日暮れを迎えた三人はそこでで野宿をするはめになった。
 幸いなことに、一日中雨は降らなかったから、地面は乾いている。ちょうどいい木の下で、草をはらって焚き火をおこした。特徴的なかたちに積まれた枯れ枝が、ちょうどよい大きさの炎をともしている。途中の小川でスイがいとも簡単に捕らえてきた魚を焼きながら、カグが腕をくんだ。
「スイ。洪水は、具体的にどの水域でいつごろ起こるか分かるか」
「んー・・・そうだね、ラシャの上流からどっとくるよ、今回は。原因は、隣国での大雨とそれによる貯水池の段階的崩壊。これは他国だからどうしようもないね。それで、問題なのは、王都を囲み込むように流れる2つの河、海からみて左手がラシャで、右手は、たしか薄明川だったっけ?王都を守るためにラシャから薄明川に支流を掘って王都を完全に河で囲んじゃったじゃない、あれがまずい。ラシャが溢れて、そのまま支流から薄明川まで氾濫する。それで、王都の最東端で薄明川がラシャに流れこむところで何が起こるかは想像にかたくないね。それで、いつっていうのは、うん、まぁその、」
これまでにないほどの純粋な笑顔で、彼は言う。
「だいたい、20日」
「は」
 言葉につまるカグとマツリ。
 険しくなっていく表情。三方を完全に川でかこいこんだ王都は、水没する。
「水害は止められない。だから、せめて被害を最小限におさえるのが、君の役目だよ、マツリ」
スイが穏やかにそう言って重役を皇子に投げた。そして、苦悩の表情を浮かべる皇子を見て一瞬苦笑する。そして、いたずらっぽく指をたてて唇にあてた。
「ひとつヒントをあげよう。君がするべきことは、簡単に言えばただひとつだ。ラシャの上流で水を逃がす。それだけ」
 スイはそれだけ言って、その手を伸ばし、白い指で、魚をさした櫛をつまんで反転させ、地面に刺した。ほどよく焼けた片面が、外側をむいて、いい匂いが漂ってくる。
 マツリはそれ眺めながら、ぼんやりと、スイの言った言葉をくりかえした。
「……上流で、水を逃がす」
 マツリの脳内には、国の西側の状況がうかんでいた。
 もともとラシャは、いくつもの支流と分流をもつ、広大な流域面積の河だ。交易がはじまるまで、上流に暮らす人々は、水路を張りめぐらせて運搬と交通の要に使っていたと聞く。それを皇国が、交易が盛んになってから、下流の水路整備のために、水門を閉じさせ水を河に集中させたのだとも。今では、元は水路だった場所にも家が建っているらしい。
「そうか、水門を開かせれば」
しかし、そこに暮らす人々は。国が勝手に閉じさせた水門、それにようやく順応して暮らしている人々の暮らしを、また国が勝手に奪うのか。
「お、焼けたよ」
 思考の迷路にはまりこみそうになっていたマツリの意識を、スイの声がひきもどした。人好きのする笑みを浮かべて、魚の串を差し出している。見れば、カグも魚を一本手にとって、すでにかぶりついていた。香ばしく焼いてある魚の匂いをかいで、ぎゅうっと腹が減ってくる。
「ありがとう」
 手を伸ばして、ひとまず悩み事は置いて、カグにならって魚に口をつけた。
 とたんに、口中に広がる香味。ただの塩ではない。びっくりしたように目を見開いているマツリと目をあわせて、スイはにやっと笑った。
「美味いだろう?悩んでる時は、美味しい物を食べるのが一番さ。おっと、これは知り合いの受け売りだけどね。その魚は、国ではなんて言うのか知らないけど、僕らはフイって呼んでる。今が旬なんだ。きれいな河ならどこでもいるから、覚えておくといいよ。それで、そいつに塩と一緒にこいつを」
スイは、懐から、パリパリに乾燥した葉をつまみだした。
「手でぎゅっと握って砕いて、まぶす。魚の臭みをとってくれる葉で、香りもいい」
「へえ、それって水の民の知恵?」
「そんなところかな。父と母が教えてくれたんだ。二人共、今はみんなと一緒にいる」
そう言って、スイはやさしげな表情になった。みんな、というのは、水の民のことだろう。
「でも、そんなもの懐に入れてて、動いたら砕けてしまわない?」
「そりゃ、ちゃんと考えてるよ。僕らの着てるものは懐に防水の小さなポケットがたくさんついてるからね、その中に入れておくんだ。砕けても、肌着が粉まみれってことにはならないよ」
ほう、と息をはいて、マツリは魚を食べた。
 先に食べ終えたカグが立ち上がって、竹筒を取り出した。新しく買ったものだ。その中の水に、荷物から取り出した、茶葉を粉末にしたものを入れて混ぜる。カグは、スイの方をむいて笑みをうかべた。
「だとしたら、これは月の民の知恵かな。簡単なお茶の作り方だ」
カグはその竹筒を皇子に手渡した。
「さ、食べたらさっさと寝ろ」








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