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 ふわり、と男が笑った。
「貴様、」
 己の正体を知っている。それに、宿の二階に、窓から飛び込んできたとなればただものではない。殺気だったカグは、さらに油断なく重心を落とした。とたん、慌てたように男が両手をあげる。
「ほんとうだって!僕は皇太子殿下に用があるんだ。君が、そうなんだろう?」
「まずは貴様が名乗れ。妙な動きをすれば即刻斬り捨てる」
カグが、耳が切れそうなほど鋭く低い声で侵入者を制する。侵入者はようやくそこで名乗った。
「僕はスイ。水の民って知ってるかな、月の民と同じく放浪の民族なんだけど。…水の警告者って言ったほうがいいかな」
そこで、皇子があっと声をあげた。
「知ってる。昔、宮で聞いたことがあるよ、ラシャのかなたに水の民あり、ラシャの警告者なり、って」
ラシャ、というのは、王都を囲む二本の河のうちのひとつの名前だ。
「馬鹿、」
カグがたしなめるが、遅い。その発言は、彼が皇子であることを認めているようなものだ。
「やっぱりそうだね、君が。それで、警告者として殿下にお伝えしたき事が」
「カグ」
皇子が、後ろからカグをひっぱる。カグは、刃物を構えたままゆっくりと下がった。スイ、というらしい侵入者から殺気は微塵も感じられない。それに、警告者の水の民、というのには聞き覚えがある。たしか、それは。
 スイは、色素の薄い瞳で皇子を見すえ、静かに言った。
「近く、ラシャは氾濫する。この国は、洪水にみまわれる。そして、近隣諸国は、その機会を逃がしはしない。王都をつぶされて、頭脳を失った国を、きっと襲ってくるだろう」
色素の薄い瞳を細め、言った。
「この国は、滅ぶぞ」







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