愚者 | ナノ




薄暗い天幕の中は香の香りで満ちている。
外の繁盛とはうってかわって、こもった話声が静かに這うテント。
キキキ、と使い魔が耳障りな音をたてた。
色のあせたタロットカードを睨んで占い師は溜息をつく。
テントの一角に仕切られたスペース。占い師は背中を丸めて溜息をつく。
「引いてみないのかえ?」
脳内に直接響いてくるようなしゃがれた声で使い魔がささやくのに、占い師もまたささやき声で返す。何がでると思う、と。
「塔が出ればな、キキキ」
ふん、いかにも不幸な事よな。
悲嘆、災難、不幸。塔のつかさどる運命にろくなものはないと占い師は思う。だが、たしかに己に合わないかと問われれば言葉につまるだろう。
ぐさぐさと乱暴にカードを混ぜて、一束にまとめた占い師は目を細めた。空気が揺れる。
客だ。
「運勢を占ってほしい」
入ってくるなり客は金を出してそう言った。
「あいにくだけどタロットは運勢、みたいな曖昧なもんの先を視るのにゃむいてないのさ。他をあたりな」
金を客に突き返そうとすると客はその手を掌で止めて薄く笑った。
「正解。これで占ってやると言われたら他をあたるところだったけどな、あんたはホンモノみたいだな」
さあ、と占い師は首をかしげる。キキキ。
「あたしはただの貧しい占い師さな。ホンモノ、が欲しいならなおのこと他をあたるんだね」
客は長身の男性だ。目元を隠す前髪のせいで表情はうかがいにくいが、おそらくかなり身分のあるものが訳あって貧しいふうに変装している、と占い師は看破した。
ホンモノを探しているのなら厄介な客であることは間違いない。
インチキ占い師ならごろごろ転がっている中、自分を目当てにやってきたのもなかなかの目をしているな、と占い師は内心舌を巻いた。
受けてやれよぉ、としゃがれごえが響く。使い魔は占い師の背後に浮遊している。
常人には視えないし声も聞こえないが、それは漆黒の鷲の姿をしていた。
「使い魔の言うとおりだ」
客が声をあげたので占い師は驚いて顔をあげた。
「なんのことかねぇ」
「あなたの後ろにいる使い魔だ。とぼけないでもらえるかな」
視えるのかい、と思わず本音の出た占い師に、客は神妙な表情で頷いた。おれは多少霊感がある、と固い声で告げた客に興味がわいた占い師は、面倒くさそうに、しかし楽しそうに、依頼、受けてさしあげよう、と応えた。
「本当は何が知りたいのかえ」
やる気になって尋ねる占い師の視線をうけて、客はきまり悪そうに頭を掻いた。
「いや…運勢っていうやつなんだけどさ。まあ、そんなもん」
使い魔がキキキキと嗤った。
「占ってやれよぉ…タロット一枚でやりゃいいんだろぅ」
それで頼む、と頭をさげる客に、占い師はあきれ顔で告げる。
「わかったよ、なら金は要らないよ。こんなことに大金をはたくもんじゃないさ、まあ肩の力をお抜きよ。片耳だけで聞いておきな、真に受けたら魔に刺されるよ」
占い師はまとめたカードをばらまき、今度はさきほどとは違う慎重な手つきでシャッフルした。
22枚の大アルカナが混ぜられる。
「さ、お引き」
扇状にカードをまとめた占い師がその両手を客の方につきだすと、使い魔が音もなく飛び立って客の頭にとまった。
何をするでもなくそこに静止する使い魔を気にする客の様子を見て占い師は口の端をひん曲げた。
「お気になさんな、そいつは何もしないからさ」
キキキ、と笑う使い魔の視線にさらされながら客はそっと一枚のカードをひく。
見せてみなされ、という占い師にカードを渡す時、客の頭から飛びたった使い魔が正方向、と告げた。なるほど鷲の役目はひいたカードの上下を見ることだったらしい、と客は勘付いた。
「愚者。無知、冒険を意味するカードさね。これでお前さんの求める答えになるのかは甚だ疑問だがさ」
いや、と客は頭を振った。ありがとう、とも言った。
「金は受けとってもらえないかな。まあ迷惑代とでも思ってくれよ」
客の頑なな態度に負けた占い師が金を受け取ると、客はにっと笑って去って行った。
ふたたび静かな薄闇に包まれた一角で、使い魔が占い師にささやく。
「あいつ、王子だぜぇ…この国のさ」
キキキ、と笑う使い魔にあわせて占い師もまた笑った。
「だろうね、おとなしく言えばいいのにさ、まったくあの子は変わらない」
タロットカード、愚者。あいにく彼は無知ではなかった。ならば、冒険か。
「我が弟ながら逞しくなったものだねぇ」
…キキキッ




愚者




長らくお待たせしましたダークマスター春様、愚者。やっぱりタロットかな、と思ったのでなんとなく浮かんだのを書いてみました。タロットが運勢占いに向かない、というのは曖昧な知識ですがご容赦下さい。リクエストありがとうございました!
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