たちこめる土煙。近くでまた仲間が倒れた。
「もうもちそうにないな」
「ああ」
戦争が始まって以来ずっと共に闘ってきた戦友の声にもあきらめがにじんでいる。
塹壕に伏せて銃をがむしゃらに撃つ。もう照準など合わせられる距離ではない。
補給も来なくなった。あとは横に積み上げてある弾丸の箱が無くなれば、自分たちも終わりだろう。あるいは、敵の凶弾に倒れるか。
「くそっ」
戦友が小さく毒づいて塹壕に隠れた。もう目を瞑っていても出来る作業、銃をリロードする。
近くに落ちた大砲の土煙が晴れる。
「っと、」
それにまぎれて近づいてきていた敵軍の兵を撃った。引き金を引いて、人が死ぬ。何の感動も覚えなくなったのはいったいいつごろからだったか。
「戦友よ」
「なんだ」
お互いを見もせずに言葉を交わす。
「俺とお前、どっちが先だと思う」
「さあな。お前じゃないかな、お前そそっかしいから」
「だよな、俺もそう思えてきたわ」
どちらが先に死ぬだろうか。どちらにしろ、残りの銃弾の数を考えればあと30分ももたないだろう。
また、近くで仲間が倒れた。
この最前線の塹壕に残っているのは負傷兵と捨て石、つまり形は違えど、玉砕のための特攻隊と同じ。ここより中は時折大砲を発射しながら、塹壕突破されたときに迎え撃つための刀の手入れでもしているのだろう。もう誰も、この戦場から生きて戻るという希望は持っていなかった。
「知ってるか。戦場を共に生きた上官や戦友は、来世では親子や兄弟になるんだとよ」
「へえ。じゃあ俺らは兄弟…いや、同い年なら双子かね」
「かもな」
狙っては引き金を引く、狙わずに引き金に力を込め続けるという単純作業。
「初戦のときはひっでえ喧嘩したな、理由なんだったか覚えてるか」
「理由は覚えてねーなぁ」
「は、それがよ、女の数だぜ?こんな状況で何考えてたんだろうな、俺達はよ」
「違いない」
塹壕に残る兵士はまばらになった。もうかろうじて塹壕を突破されないように至近距離で狙い撃つことしかできない。そろそろ弾も尽きる。
「あの世に行ったらまずは美味いもん食いてえなあ」
ぼんやりと思ったことを口にした。甘いもの。菓子なんか、もう味すら覚えていない。
「聞いてるか?」
おかしい。どんな呟きにも反応していた戦友の、返事がない。不安に襲われる。まさかお前、俺より先に死んじまったんじゃないだろうな。
「おい!」
50センチほどの距離を、腹這いのまま慎重ににじり寄る。
銃の引き金に指をかけたまま、撃ちっぱなしている戦友の腹をひじで小突く。
「なあおい、俺の方が先に死ぬんだって言ってんだろうが」
戦友は死んでいた。わずかにあいた襟首に弾丸をくらっている。手からは力が抜けないまま撃ちっぱなしになっている。
「なにやってんだよ…俺よりもそそっかしいじゃねえか」
馬鹿だな、お前。
よくわからないが、視界がかすむ。泥まみれの顔に水が落ちた。
戦友は、穏やかな顔でうつぶせのまま、眠っているかのように死んでいた。こんな乱戦じゃ、多分死体の回収は難しいだろう。自分もあとすこしでその仲間入りか、と考えた。
ごめん母ちゃん、俺、骨になっても母ちゃんのところには戻れねーや。
弾が切れる。のこり一つの弾倉をとろうとして上体をわずかに起こしたところで、胸に焼けるような熱さを覚えた。一拍置いて、殴られたような圧迫感に息ができなくなる。せきこんだら、口からはひと固まりの血が出てきた。
急速に力の抜ける手から銃が倒れる。
地面とこんにちは。視線を横にずらすと戦友の顔が見えた。
「また来世、だな、…きょうだ、い」
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「なあ聞けよ兄貴!俺今日変な夢見たんだよな!兄貴と戦争で銃ぶっ放してる夢!サバゲーやりてぇ!」
「偶然だな、俺も同じ夢見てたわ」
「まじかよ?!さすが双子だな俺ら!」
「だな。そんで双子のくせに俺の事を兄貴呼びなお前はなんなんだ」
「気にすんな!」
二人の少年がランドセルをしょって駆けていく。
「あっそうだ兄貴!家帰ったらお菓子あるんだぜ!ゲームしながら食おう」
「はいはい。その前に学校な、まだ着いてすらいないからな」
二人の少年が駆けていく。
拝啓、戦場の君へ
はい、ということで軍隊物でした。ちょうどクローバーさんにリクいただいたころにこの来世ネタ知りまして、よっしゃあキタコレ!と思っておりました。ほっこりしていただけたらうれしいです。クローバーさんリクエストありがとうございました!
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