05 | ナノ




昼前、二人これからここで暮らすなら色々要り用だよね、と言って信が洋介と伊勢をつれて出かけた。二人からするとそこまで必要なものがあるわけではなかったし、もしも何か買うのならば自分の目で見て選びたい、と伝えると信は「いやぁ、別におれたちで勝手に買おうってんじゃないから安心してよ。とりあえず上に頼まれてたコピー用紙とか色々、食料品の買い出しも兼ねてそれだけだから。ついでに君たちのぶんも銀行でお金落としてこないとってこと」と言って笑った。
ちなみに人選は重たいものを運ばせるために体育会系の洋介、銀行に行くから責任者の伊勢、ということらしい。二人だけでもいんだけど特に洋介は色々と不安だからおれも行くんだよ、と信が保護者のような貫禄を見せた。


・・・


最初に銀行による。
さすがに平日のこの時間、男性は少ない。
ひとまず金の引き下ろしは伊勢に任せて銀行の椅子に腰を下ろした信と洋介。アイス食いてぇ、スーパー行ったらついでに買っていいかな、とつぶやいた洋介を完全にシカトして信はずっと一人の男をそれとなく観察していた。ベージュ色のハイネックのパーカーに医療用のマスク、ニット帽をかぶったその男はまあこの季節ならよく見かける格好だが、信はその男の視線の動かし方に違和感を覚えていた。たとえば、それは万引き犯のような。
「シノブー聞いてんのかよ!」
とうとう軽く小突いてきた洋介に、信は小さな声でその男へと注意を促す。
「あのニット帽の」
洋介は一瞬視線をさまよわせた後その男に視線を固定した。
「…何かおかしいか?おれには特に何も…」
「視線がさ、不自然なんだよね。あとあんまり凝視すると気付かれるから自然にしてくれない」
若い女性銀行員と言葉を交わしている男。誰も気づいていないようだが、確かにその男の視線は今も、ちらちらと周りをうかがっていた。
「いやいやシノブさんよ、おれあんたみたいに視力良くないから無理だって」
洋介がそう言った時、伊勢が戻ってくる。
「気付いたか、あの男」
「うん。洋介は分からないみたいですけど」
「え…伊勢サンも何か気付いたんすか」
視線が、と言いかける伊勢の口元を読んで洋介が先制抗議、伊勢サンほど近くに居たわけでもシノブほど視力が良いわけでもないんで!…確かに窓口にいた伊勢とその男の距離はさしてひらいていたわけではなかった。
洋介と伊勢が言葉をかわす間もずっとその男を観察していた信があ、と声をあげて腰をうかすと同時にガシャンという耳障りな騒音が響き、男に対応していた若い女性銀行員が悲鳴をあげた。客がざわめく。男が銀行員との間に設置された透明な仕切りを素手で殴り割ったのだ。いや、そう見えるだけで男の手には何かが握られている。それを確認する前に、男は何か叫んだ。到底人間とは思えないような絶叫。
「やっぱりね」こんなときでも穏やかな信の言葉、銀行内に居た全員が硬直している間に男はその女性銀行員の首に刃物を突き付け再び叫ぶ。
「銀行から出るな。銀行員はカウンターから出て客と共にひざまずけ。悲鳴をあげた奴、従わない奴は」
ポケットから拳銃を出す。
「殺す」
ひ、と悲鳴を呑み込む声がそこらでした。昼間の時間帯、子連れの主婦やお年寄りが多いのが今は憎い。
客、ってことはおれたちもってことだよねぇ、と信が言い、特に抵抗もなくひざまずいた。それを頭にして他の客たちもぽつぽつとひざまずき始める。ナイフを突き付けられている銀行員は声をこらえて泣いていた。最後の抵抗で銀行員の誰かが通報装置を作動させたのだろう、近くにサイレンの音が聞こえてきていた。
銀行に居たのは銀行員もふくめて20人余り、それだけの市民を人質にとられれば警察もうかつには動けまい、そうふんでの犯行だろう。
そう、犯人は思ってもみなかったのだ、客の中にまさか、言うことをちらとも聞こうとしない者があろうとは。
信が引きとめようとした時にはもう遅く、洋介はとっくに走り出していた。伊勢が深々と溜息をついて、片膝ついていたところから立ちあがる。たぶん洋介と男は同時に何か叫んだのだろう、そして発砲音。客が一斉に悲鳴をあげる。伊勢が駆けだすのと同時に信は振り返った。恐怖のあまり気を失った女性銀行員は床に倒れていて、洋介は男を拘束中、伊勢が凶器を回収していた。一瞬で片は付いたらしい。うーんやっぱり素人が拳銃を片手で撃とうとするのって無理があるよねえとと信は一人納得しつつ、人質達に呼びかけた。
「落ち着いて下さい。犯人はおさえました。多分警察の事情聴取などがあるでしょうから、ここから動かない方がいいと思いますが…」
人質達がざわつく。彼らは振り返って、洋介に拘束されている男を確認してわっと声をあげた。
パニックはないか、と見て信は洋介、伊勢に近づく。
「やってくれたね」
「ははっシノブも伊勢さんと同じ事言いやがる」
男は床に伏せる格好で、両腕を背中にまわされその上に洋介が乗っかっている図だ。
「だってよ、おれら以外にこういうこと出来る奴いねえだろ。みんな拳銃にビビっちまって」
「まあ対素人なら拳銃っつうのはかなり効果のある脅しだからな。だが高庭お前は軽率すぎねえか。こいつがめちゃくちゃに打ちまくって流れ弾が誰かに当たったらどうするつもりだった」
「えーだって伊勢サンもみてたっすよね?こいつ片腕で無理に引き金ひいて腕ぶっこわしてましたし」
伊勢が重ねて説教をする。信は二人から離れて、銀行の正面玄関から出た。こういう時の警察の出方は良くしらないのでとりあえず害意のないことを示して両手を広げる。そのまま待つと警官がよってきた。
「どうも。犯人おさえたので中入っても大丈夫ですよ」
そう伝えると待機していた警察官は玄関から状況を確認した後、一斉に銀行内に入っていった。


事情聴取を受けながらしばらく待つと、警察に拘束された男と、人質達、洋介と伊勢も出てきた。
男はしきりに何かわめいている。ちょうど信の前を通り過ぎる時、その男の表情が見えた。何かを探すようにあたりを見回し、口をぱくぱくと動かしている。そして、絶叫した。
「おい、アン!!助けてくれるんじゃなかったのかよぉおおおおお?!?!」
アンとは何だ。もしかして人の名前…なら共犯者とうことだろうか。だが助ける、というのはなんだ。あっけにとられる信の視線から男をかくすようにして警察官が男を護送車にひっぱった。
車が発進する。それを見送ったところで、信の目に映る光景は急速にに色を失った。警察官が頭を下げて去っていくのも、洋介と伊勢が近づいてくるのも、モノクロ。彼の視界の中で唯一色づいているのは、歩道にたたずむ一人の少女。護送車を見送って笑っている。不気味に大人びた笑い。
「…ぁ、」
彼の目は特別製で、かなり霊力の高い、たとえば伊勢のような者でも視るのが難しいような“この世のものてないもの”を視ることができる。ただしそういうかなり高能力のモノを視る時、視界にはっきり映るのはそれだけになるという要らないオプション付きだが。
あれはまずい、と言おうとした。少女がふりかえって信に視線をあわせてカクンと首を傾ける。人間ならまず折れているだろうと思われる不自然な角度。眼窩は黒くくぼみ落ちている。その口が歪にまがって声を発した。オ、イ、デ、とそう動いたように見える。
「シノブ?」
洋介が彼の視線の先に目を向けるが、洋介の目にはうつらない。
「あっ待てシノブ!どこ行く気だ!」
人ならざる少女を追って走り出した信を追う洋介。伊勢も走り出すが、二人は信に追いつかない。信は参謀型だが体育会系ではない。運動自体も得意ではなく、できれば前線戦はご遠慮したいね、と本人も言っている。だから、洋介や伊勢は普通に走って信に追いつけないというのはあり得ない。いや、これは、と伊勢は思考する。
「高庭止まれ、ここは“異界”だ」
異界というのは高能力の魔族、もしくは天部が意思を持ってこの世界に作用している空間をあらわす俗称だ。
伊勢が言ったことはつまり、何かこの世のものでないものが洋介と伊勢を拒んでいる、ということ。ならなおさら止まれねーっすから、と洋介が叫びかえすが、さらに五分ほど走ったところでついに彼も脚を止めた。信を見失ったのだ。
「なんてこった…」


・・・


「うわ、また銀行強盗だって」
テレビを眺めてた慶がそう言うと、なんとなく画面に目をやった葉月がガタっと立ちあがった。顔面蒼白。
「あれ、私達がいつもいく銀行だ…」
男は客の男性に取り押さえられ、警察に逮捕されました。けが人はいないようです。そんなアナウンサーのせりふを聞いて葉月はがっくりとソファーに倒れる。
「リアクション大きすぎじゃない」
あきれ顔で彼女を見る芙紀乃に、北宮が言う。
「高庭と桐村は婚約者だから」
「ああ、」
ならば葉月がそこまで気張るわけも分か、…
「「はい?」」

衝撃的な事実。

心霊対策本部・昼過ぎ




(彼らはまだ知らない。

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