04 | ナノ




テレビをつけるとちょうど昨日起きた殺人事件のニュースだった。どうも同じ界隈の主婦同士のいざこざらしい。原因は恨み、単純明快。
「もしもさー、殺された人がみんな死んだ場所で地縛霊になってるんだとしたら中央線とか死者の満員列車だよね」
「そういう縁起でもないこと言わない、芙紀乃」
だいたい地縛霊とかそうそういないよねー。
そう言って座った状態からそのまま状態を後ろに倒してベッドの上に転がった芙紀乃を慶が続けてたしなめた。
「あとそういう服でそういうことしないほうがいいよ」
ワンピースという彼女にしてはめずらしい格好でいつものように好き勝手動いているので行儀がよろしくないということだろう。
「お母さんかよ…」
芙紀乃のぼやきを聞いて慶が憎らしいほど穏やかな笑みを浮かべる。
「でも芙紀乃の方が150歳ぐらい年上でしょ」
「それ以上年齢の事言ったら死刑ね」
体が成長しないため、彼らはおよそ十代後半の姿をしているが、その実慶は明治初期の和菓子屋の息子で、芙紀乃にいたっては江戸時代中期の人間だ。
芙紀乃がベッドに座り直すと慶が再びテレビに目を向けた。
「昔は人が死んでもこんなふうにビッグニュースになんてならなかったから」
「ああ、」
芙紀乃の言葉に慶は目を伏せる。
そもそもメディアが発達していなかったというのもあるし、江戸時代で言えば人斬りなんて日常茶飯事だったからだ。
「戦後だよね、こんなに平和になったのは」
いつもとは違う場所で、いつもとは違う事をしているから突然そんな事を考え始めたのか。人間よりもずっと長く生きているからこそ見えるものがある。平成人が当然のように使っている文明の利器はいわずもがな、昭和の人間が昔は、と言って語るような話も二人にとっては結局己の生まれた時代からはるかに進歩した科学の産物にすぎない。
ニュースキャスターがにこやかに季節外れのかき氷のニュースをアナウンスする。
そういえば、この建物は全体に空調が効いていて、暑さも寒さも感じない。
季節は秋だった。

・・・・・・

八時前になって5階に降りて行くと、葉月以外の面子がそろっていた。高庭いわく葉月は寝起きが最高に悪いとのこと。無理やりおこすと低気圧と化すらしい。
「みんな朝食はどうするんですか?」
芙紀乃、慶両名とも“使”の特性として空腹を感じることはないが、やはり普通に食事を取れる状態であるならそちらの方がいい。
ちなみに“使”が食事の代わりに空気中の霊気を体内に摂り込んで活動エネルギーに変えられることは既に北宮達にも説明済みだ。
「これから。当番おれとシノブだっけ?」
高庭が応え、伊勢、北宮に確認した。
「まあ誰でもいいよね。適当に冷蔵庫の中身みてみようか、行こう洋介」
遠野が高庭を連れ出す。洋介というのは高庭の下の名前だ。向かうのは四階調理室だろうかと芙紀乃が予測したところで伊勢が考えを読んだかのように説明した。
「食事係、全員が泊ってる時は二人一組の一日シフトでローテーションだ。下の調理室を使う。何か食材で足りないものがあったら冷蔵庫のメモに書きとめて、暇な奴が適当に買い出し行くことになってる」
へえ、と二人が頷くと北宮が補足した。
「高庭は料理壊滅的だから、彼と組んだら絶対に食材には触らせないのが掟。触らせたが最後およそ人間の食べるものじゃない色をした食事が出てくる」
「…」
遠野に連れられて出て行った高庭が急に心配になった二人。彼らの料理の腕は人並み、慶は和菓子に関しては天才。
まあ大丈夫だ、信はあれで料理上手いから心配するな、そう言って伊勢がフォローした。
北宮がテレビをつけると、ちょうど葉月が降りてきた。
「おはよう」
ショートボブは寝癖であちこち跳ね、半眼の人を殺しそうな目つきに低くかすれた声。
ああ、これは低気圧にもなるわけだ、と慶は一人納得した。
伊勢、北宮は慣れているのだろう、一瞥もせずに挨拶を返したが、芙紀乃の挨拶は一拍遅れた。葉月はそのままふらふらと幽鬼のような動きで部屋の奥のソファーに向かい、どさりと腰をおろし、…倒れる。おい寝るなよと伊勢が声をかけたが彼女は完全に聞こえていない様子で沈黙した。
いつものことだから、と北宮が呟いた。


多分信がほぼ一人で作ったふわふわのオムレツを食べ、皿を片づけて全員で戻った五階の部屋にはよく見ると『対策実行班員詰所』という小さな標識があった。誰も対策実行班員詰所とは呼ばずに単なる『五階の部屋』ですませているらしい。まあ一番効率的な呼び方だし、そもそも五階の二部屋は両方同じ標識なのでわざわざ呼び分ける必要もない。
朝食を終えてようやく覚醒した葉月が再びテレビをつけると明け方に起きたらしい殺人事件の報道。そういえば昨日もあったよねと信がつぶやく。芙紀乃と慶が早朝に見たニュースの話だろう。相変わらず伊勢と北宮は名字呼びだが朝食の時に呼び名でひと悶着あった結果芙紀乃と慶は高庭、遠野も葉月に次いで互いに名前呼び、ということになった。
「いじめの恨みか…こういうのほんと怖いよな。…シノブ?」
能天気に感想を述べた洋介が信を見て怪訝そうな顔をする。
見ると彼は目をすがめて事件現場を撮影したとみられる映像を凝視していた。眉間によるシワ。
「なんか、」
「きなくさい。…でしょ?何かにおうよね」
信の言葉を遮るように葉月がそう言った。におう、というのはこのメンバーからしてやはり心霊関係の事だろうか。怪談や都市伝説に対する嗅覚は鋭いが人がからむ事件はからっきしな“使”の二人は沈黙を保っていたが、どうも何かを感じたのは葉月と信だけだったらしい。
洋介がぽかんとしているうちにニュースは次の内容へとシフトしていた。
「そういえばなんでみんな揃いの組紐つけてるの」
朝食の時に気になった事を芙紀乃が口にすると何故か五人が一瞬固まったので慶が察してフォローした。
「ミサンガ。手首にみんな巻いてるよね」
そっか今はそういうのミサンガって言うんだっけと芙紀乃がこぼすと慶がまあまあというように彼女の肩を軽く叩いた。こういうところに世代の差を感じるのは何とも言えない複雑な気分になる。二人で居た時も、慶の方が人懐こいので一般人と関わっても多くの情報を仕入れてくるのは彼の方だ。慶が人懐こいのは性格もあるだろうが、多分、“使”になって長時間(年単位の)単独行動をとった事がないからだろう、と芙紀乃は勝手に思っている。慶が、大事に思う人の死にゆく様を送ることのないように、何もかもからそっと遠ざけてきたのは芙紀乃自身だ。知らなくていい痛みもある。
「ああ、テレパシーブレスのことか」
伊勢が左手首をなでる。
「対策実行班員全員がつけることになってる。なんつったらいいか…」
伊勢が考えあぐねているうちに北宮が相変わらずの無表情で言った。
「これ。五本の色が違う紐が編んであるんだけど、編み方が特殊で、端を強く引っ張ると引っ張った紐だけが抜けるしくみになってる」
わざわざ二人の前で実践する。左手に巻かれたミサンガの、端に出ている紐のうち白色の物をつまんでひくと、その一本だけするりと抜けた。が、普通でないのはそれだけでなく、その抜いた紐が北宮の手の内で一瞬にして氷の刀になるというオプション付き。
わお、と慶がリアクションすると、北宮はその刀をぱっと消した。
「この紐、緑が和之利、橙が高庭、黄色が桐村、紫が遠野、白がおれって具合になってて、それぞれ編み込む前に自分の色の紐に自分の霊力の一部を封じ込めておく。まあ色は完全にイメージカラーだけど、つまり誰かが誰かの色の紐を抜いたらその人の能力の一部が限定的に使えるって事」
説明が難しいのだろう、代名詞を乱用しているので理解はいまひとつだ。
ついでに言うと和之利というのは伊勢の下の名前だ。
北宮が沈黙すると洋介が「やってみたら分かるんじゃね」と言いだし、つまりさ、と二人の前に立つ。
「おれが、伊勢サンの紐を引っ張る」
言いながら自分の右手首に巻いてあるミサンガの、緑の紐をするりと抜いた。瞬間、紐が一枚の護符に変化する。洋介は左利きだ。
「そうすると伊勢サンが紐に封じた伊勢サンの力が発動して、見ての通り護符になる。でもこの護符は限定的な力だからせいぜい一撃に耐えられるか耐えられないか、とっさの守り程度ってこと。ちなみに3分たつと勝手に消える」
洋介はとりあえずその符を机に置いた。
「で、テレパシーと名のついてるものだからには一応それ相応のもんがあって、たとえば今おれが伊勢サンのブレスを抜いた事を、伊勢サンはどこに居ても感じることができる。逆もしかり、たとえば伊勢サンが今北海道で俺の…橙の紐を抜いて俺の力を使ったらそれをおれは感じるってことな」
なるほど、と芙紀乃が頷くと慶が質問をはさんだ。
「じゃあ今北宮さんが自分のブレスを抜いたのは誰にも分からないって事?あと3分で能力解除だって言ってるけど北宮さんが一瞬で氷を消したのはそもそも自分の能力だから?」
「そうそう、そういうこと。今俺が北海道で自分のブレスを抜いたとしても誰も分からないってこと。あ、ちなみにもし今俺が死んだら全員のテレパシーブレスから橙の紐が自然に抜け落ちる仕組みだな」
まあそういう体験みんなしたことねーけど、と言ってケタケタと笑う洋介を葉月が蹴った。「いてっ」
「そういう不謹慎な事言わない、洋介」
はいはい、と適当に返した洋介にハイは一つ!と葉月がまた蹴りを入れた。
何故か洋介の挙げた例がすべて北海道だったのには誰もつっこまなかった。



心霊対策本部・朝





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