2 | ナノ





「で、」
伊勢が運転する5人乗りの車。後部座席に座った芙紀乃、慶にショートボブの美人、桐村が確認するように話しかけた。一応お互いに名乗りあったので符の男が伊勢、氷柱の方が北宮ということは分かった。きたのみや、という苗字には聞き覚えがあったがあえてここで言うことでもないだろう、と芙紀乃は口をつぐんでいた。
三人とも若く、いっていても三十に届くかどうか、というところだろう。
「あんたがシロサキフキノであんたがワタラセケイね。とりあえず心霊対策本部について説明すればいい?」
「うん。ありがとう」
「でも本当に知らないの?心霊関係に通じてるなら知ってると思ったんだけどなぁ、心霊対策本部…」
「おれたちあんまり国の中央については詳しくないから」
慶が答えると桐村は一瞬微笑んで話し始める。
「心霊対策本部ってのは、読んで字のごとく心霊現象に対応する本部のことね。一応内閣府の機関なんだけどこの国の法律が幽霊を認めてないから、まあ公にはされてない。そういうことに詳しい人は知ってる、って程度かな…あ、あとはお偉いさんとかね。全国に借り上げ住宅があって、諜報班員がたくさんいるの。彼らが集めた情報をもとに現地に赴いて、人間に害を及ぼす悪霊を滅したり消えそうな土地神を守ったりするのは対策実行班員の仕事。諜報班は噂をあつめるのが主な仕事だからある程度心霊関係に理解があるだけで全員霊感持ちってわけじゃないけど実行班員は並々の霊能力者じゃあないよ。悪魔と契約してたり、陰陽師の家系だったり、いろいろ。大体オッケー?」
「心霊対策本部の仕事については分かった。けど、その本部が立ち上げられる前から心霊現象なんてそこらじゅうにあって、国はそんなものに見向きもしなかったのにどうしてそんな機関が立ち上げられたの?そもそもいつ頃からあるの」
芙紀乃の問いに桐村が苦笑する。
「やっぱりそこ来るよね。実際あたしも機関がいつ頃誰によって立ち上げられたのか、詳しい事は知らないんだ。本部長は知ってると思うんだけど教えてくれないし、戦後だっていうのは確かなんだけど…伊勢は知ってる?」
「知らねえな」
運転しながら伊勢が軽く首をふった。助手席の北宮も黙っている。
「でも、一応目的ぐらいなら察せられるかな。現代になって、心霊現象って減ったように見えるでしょ?でも実際は違うの。心霊現象自体は減ってないのに、それをおこす魔物たちも、残留する思念も、人間の技術の発展にともなってどんどん厄介になってるの。そういうものは人間により深刻な影響をおよぼすから、さすがにお偉いさん方も見て見ぬふりをしてるわけにはいかなくなったんだろうね。これでも結構、警察とかに寄せられる心霊現象関係の情報って多いし」
「確かに。最近は面倒くさいの多いな」
芙紀乃の言葉に、慶が頷いて同意を示した。
「でしょ。それなのにねぇ、諜報班員ならたくさんいるけど実行班員になるような強力な霊能力者ってそうそういないから人員不足でさ。ああもう」
桐村が大きくため息をついて、愚痴を吐いた。
「休む暇もなく本部からあっちこっちひっぱりまわされて。あたしたちは道具じゃないっての」
「桐村」
運転席から伊勢がいさめるような声をかけた。
「分かってる」
桐村が返す。突如北宮が口を開く。
「いっそその人たちに実行班員になってもらったら。能力的には問題なさそうだし」
「若様」
突拍子もない事を静かに言う北宮を伊勢が再びいさめる。
「わ、わかさま?」
「気にしないで」
時代錯誤な単語に慶が首をかしげると桐村が軽く応じた。きたのみやという苗字から察していた芙紀乃は黙ったままだった。
「次、あんたたちの事説明してちょうだい」
再び黙り込んだ伊勢と北宮とアイコンタクトをとって桐村が問いかけた。
「あ、うん。とりあえずそっちも非常識な事には免疫がありそうだから言うけど、一言で言うと私たちは人外。っていうか、元・人間」
「人外なのは会ったときから察してるから大丈夫」
桐村が苦笑する。慶がだよねーと頷いた。
「じゃあぱぱっと説明するよ。私たちは、あっち側…まあ俗に言うあの世のトップととある契約をして、あなたたちと似たような事をしてる。その契約は、必要に迫られれば重力を無視できる能力と、飲まず食わずでそこらの霊気を食って生きていける力を得る代わりに老いをうしなうっていうやつ。つまり変な病気や致命傷を負わない限り死なないってことね。ちなみに契約した人の事を“使”…天使の使って書いてつかいって呼ぶ。あっちとこっちを行き来してどこそこでどんな魔物がいたよ、って報告するからそういう呼称なんだろうけど。そんで全国を放浪して噂を頼りに悪霊退治その他もろもろを。あなたたちと違うのは、私たちは精霊と契約してその力を借りてるってところかな。四大精霊、火のサラマンダー、水のウンディーネ、風のシルフ、土のノームのどれかと契約するんだけどまあさっき見ての通り、私はサラマンダー、彼はウンディーネ」
「ああ、だから契約がうんたらって唱えてたのね」
「そういうこと」
「うーん…でもさ、あっちのトップと何らかの契約ができるってことはかなりの霊能力持ちってことでしょ?わざわざ精霊と契約までする必要ってあるの?」
桐村のもっともな問いに芙紀乃が答えた。
「そういうケースはかなりまれ、っていうかほとんどないらしいよ。もとの霊能力が高すぎると、契約を結んだ時に力が反発し合って大惨事…まあ死んじゃう危険があるんだってさ。油を入れて熱した鍋に水を入れるような感じね。だから、“使”に選ばれる人間は良くて霊が視える程度、全く視えなかったなんてのもざらにあるね。ただ波長が合う人を選んでるんだって。そういう人たちにいきなり悪霊退治しろって言ったって戦闘能力皆無だし、ってこと」
桐村がふんふんとうなずいて、もひとつしつもーん、と小さく手をあげる。
「別に不老の契約って必要なくない?変な事言うようだけど、その契約した“使”が死んだら新しい人間と契約すればいいんじゃないの?」
ああ、と慶が答える。
「それはおれも思ったから聞いてみたよ。そしたらさ、契約の条件に合う人間はそうそういないし、経験を積んでベテランになった“使”の方が使えるからね、だって」
「…まるでブラック企業だね」
「みたいなもん」
「でもそれ…特別な能力を得られる上に不老なんてどっかの百億長者が欲しがりそうな契約だね。そういう能力を悪用する“使”はいないの?」
「そもそも契約を持ちかけるところでそういうふうになりそうな人間は選ばないし、万が一契約後にそういうふうになったらあっちから勝手に契約破棄できるから大丈夫だって。まあ突然契約破棄されたらその“使”は死ぬんだけどね」
「ますますブラック企業だ…」
桐村が頭を抱えた。
「その契約ってあんたたちから切ることはできないの?」
芙紀乃が笑う。
「要は辞表出すってこと?出来るよ。ただし契約を解いたからそのまま歳をとって死ねるわけじゃなくて、解いたその日から数えて一週間で心臓が機能停止して死にます、って感じ。つまり契約破棄…クビになったら即死で、辞表出したら余命一週間ってこと」
「笑えない冗談だね」
「でしょ」
「あ、じゃああんたたち以外にも“使”って結構いるの?」
「多分ね。私たちが今まで遭遇したのはせいぜい二人ってところかな」
「やっぱり会ったら分かるんだ?出会いがしらに殺し合うとか」
「しないしない、どこの攘夷集団の話だよ…お互いに軽く目礼するか、良くてちょっとお茶してお互い健闘を祈って別れるかなあ」
「みんな二人一組なの?」
「ううん、おれたちはなりゆきでずっと一緒にいるけど、他の“使”のほとんどは単独行動」
「へえ…」
三人が黙りこむと急に車内が寒くなったように感じられた。日は沈んでいて、季節は秋。ただし暖房はついている。
「そろそろ着くぜ」
伊勢が運転席で道路標識を確認して言った。
「東京都豊島区池袋、交通の便は良いが空気は悪い、俺たちのホームタウンさ」
「ちなみにあんたたちは今日は本部で泊る、ってことでいい?」
桐村が二人に確認すると、伊勢がため息交じりに言った。
「お前な、そうじゃなかったら心霊対策本部の説明はしたしこいつらの正体も聞いたではいさようなら、じゃねえか。ここまで連れてきた意味もなし、ただ青少年をひっぱりまわして終わりってんじゃ色々とまずいだろ。まあ老いないってこたぁ実年齢は知らんがな」


・・・・・・・・・・・・


伊勢が車を入れたのはサンシャインにほど近い場所にある建物の駐車場だった。目測で言うと大体十五階建といったところだろう。
「こっち。ついてきて」
さっさと車を降りた桐村が芙紀乃、慶を誘導して正面玄関にまわる。ガラスの自動ドアを抜け、受付カウンターに座る中年男性に軽く会釈すると彼女はまっすぐエレベーターに向かった。伊勢と北宮も後に続く。
「まず本部長のところに行って、実行班員の仲間のところに顔出して、それから宿泊階行く…って感じでいい?伊勢」
「あ?いいんじゃねえか」
さきほどから彼らをリードするような発言をしながら、毎回伊勢に確認をとっているのはおそらくリーダーが本当は伊勢だからなのだろう。
そうかからずに降りてきたエレベーターに乗り込んで桐村は10階のボタンをプッシュする。エレベーターの表示を見る限りでは地上15階建らしかった。
「本部長…」
慶が誰にともなく呟くと北宮が静かに口を開く。
「固い人ではない。緊張しなくていい」
へえ、と慶が頷くと同時にポーン、と小さな音をたててエレベーターが止まった。エレベーターを降りて二つ目の扉を伊勢がノックも無しに開ける。
「伊勢、北宮、桐村。ただいま戻りました」
目に入ってきたのは接待用のようなソファーセットと、奥にあるデスク、と、その上に積み重なった書類やらファイルやらの山。
「ああ、おかえり。みんな怪我はないね?」
「はい。メンバーみな無傷です」
デスクのところで椅子をひく音がして声の主が姿をあらわした。いままで積み重なった障害物によってそれがどのような人物かは全く分からなかったのだ。
「よかったよかった。それで、そちらの二人は?人間ではないようだね」
温厚そうな紳士だ。歳は四十後半といったところか、金縁の眼鏡をかけている。ぱっと見ただけで二人が人間ではないと見切った。只者ではないだろう。
伊勢が芙紀乃と慶に会った経緯や彼らの正体をおおざっぱに、しかし要所は外さずに説明すると本部長はほう、と興味深げなあいづちをうって二人を見た。
「はじめまして。心霊対策本部長兼総司令の矢佐原だよ。君たちを一晩泊めるのは大歓迎なんだが、どうだね、ひとつ、ここに居て私たちに力を貸してくれないかな?」
「本部長?!」
伊勢が驚いたように声をあげたが、桐村はやれやれと違う反応を見せた。
「まあね、北宮が提案した時から本部長も言うだろうなとは思ってたけど」
桐村の後ろで北宮が無表情にうなずいた。
矢佐原本部長がたたみかける。
「どうかな。君達が周って噂をあつめるよりも早く、ここには諜報班員たちの情報が入ってくる。まあ、嫌だったら構わない。何も強制というわけではないからね。ただ、ここに居てくれるなら君たちはその情報を利用して自由に動いてくれて構わんさ、必要な時に力を貸してくれればいい。悪い話ではないだろう?」
芙紀乃と慶は顔を見合わせた。確かに悪い話ではない。それどころか情報が手に入る分好都合だ。うまく抱きこまれたという気がしないでもないが、と心の中で前置きして、二人は頷いた。
「分かりました。確かに私たちにとっても都合がいいことではありますが、ひとつだけ。私たちをここに縛ろうとはしないでください。お互い利用しあう、ということでしょう?ならば私たちは自由にここから離れられるということですね」
「もちろん、そのつもりだよ。交渉成立…ということでいいかな?正直こちらも対策実行班員の人手が足りなくて困っていたところでね。君たちが自由に動けるようなサポートも約束しよう」
握手を求めてくる矢佐原の手を芙紀乃がとった。
「よろしくお願いします」
「ええ、こちらこそ」



心霊対策本部・対策実行班員





戻る
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -