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100年使われた物には付喪神がやどるらしい。
大事に使われたものなら、特に。
「慶は付喪神って信じる?」
「さぁ・・・いたらいいなとは思うけど」
なんで、と言いたげな表情で慶が首をかしげた。
「付喪神はね、いるよ」
「そうなの」
「うん」
「へえ」
そう、と柔らかな表情で慶が笑った。なんでそう言うの、と聞かないあたりこの友人はどこかずれている。
そろそろ潮時かな、漠然とそう思った。髪は伸びる癖に体は成長しないのはなぜだろう。どうせなら成長してくれたほうが、人間にはまぎれやすいのに。
「芙紀乃が人間じゃないことは知ってるよ」
不意に慶が言った。唐突すぎるその告白をした後も、慶の表情はいたって穏やかなままだった。驚いて固まった芙紀乃から視線を切って、慶は静かに言う。
「心臓の契約、だっけ。魔界だか天界だか知らないけど、人間の姿をしていながらあちらとこちらを行き来できる。歳をとらない。事前に話せるのはそこまでだって言われたよ」
「言われた、って」
「うん、“殿”に」
「会ったの」
「うん」
「・・・“使”になれと、言われた?」
「ううん、なってみないか、って」
彼のためをおもうなら、ならないでと言うべきだ。永遠の命なんて、手に入れるだけ無駄だ。大切な人が老いて死んでゆくのをただ見送ることしかできない。だから、人に出会っては情が移る前に別れを繰り返した。もう思い出せないほど昔から、そうしてきた。
「なろうと思う」
静かに慶が告げた。
穏やかな笑みは、しかし彼の決意が固いことを示している。

そして、彼は永遠を手に入れた。

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時代は変わる。街が明るくなれば、闇はまた深くなる。雑念は集まり、消えることはない。時代が変わっても、そういうものは変わらずあり続ける。そしてまた、彼らも変わることなく。







大きな鳥居のある鎮守の森を前にして芙紀乃と慶は立ち止まった。いまどき珍しいほどの深い森。神聖な森の中に鬼が出るという噂を頼りにたどり着いたのだが、なるほどこれは、という邪気が混じっている。
「神社はないみたい、森そのものだけだね」
「行こうか」
「うん」
鳥居を迂回して森に足を踏み入れる。特有の湿ったにおいが全身を包んだ。
「中心部かな」
「どうだろう・・・あっちこっち分散してて分からないなあ」
「具現化してくれたら返すなり消すなり出来るのにね」
心霊現象の多くは残留した強い想いや死してなおとどまり続ける魂、そしてあちら側から出てきた魔物によるものだ。出てきたものならあるべきところに送り返す、残留思念ならば消滅させ、魂なら送る。表現は違えど“お祓い”や“除霊”もそういったことに違わない。
「待つ?」
「しかないでしょうね」
噂によると鬼が現れるのは日が沈んで闇が濃くなってかららしい。
暗い森の中ただ立ってそれが現れるのを待つ。
ぼんやりとあたりを眺めていると、樹の幹についた傷が目に入った。
「・・・鹿?」
芙紀乃が小さく呟いて首をふる。深い森とはいえ一歩出れば人里だ。陸の孤島のような森に鹿などいるはずもない。
「芙紀乃、誰かきた」
不意に慶がささやいた。
「ひとり、ふたり、・・・三人。こっちに向かってくる」
「隠れて様子見る?」
「そうだね」
手近な大木に跳躍して枝にしゃがみこむ。使−つかい−になって得た、必要に迫られれば重力を無視出来る能力はこんなところで役に立つのだ。
下をうかがっていると、やがて慶の言った通り三人組が現れた。男二人と、女一人。
「なにしに、」
きたんだろう、という芙紀乃の言葉は繋がらなかった。一人の男が、芙紀乃と慶を正確に狙って護符を放ったからだ。
避けるように二方向に跳び離れた一拍後、二人のいた枝に符がひたりと吸いつき小さな衝撃をおこす。
「逃がすか」
静かに呟いたもう一人の男が慶に狙いを定めて指先をついと横に薙ぐ。
「わっ」
反重力的な動きで慶が真上に避けるのと同時に細い氷柱のようなものが飛来した。
「慶!逃げよう!」
訳も分からず攻撃されてはたまったものではない。二人は上空に昇り逃げようとするが、そこに現れた五芒星が二人を地に弾く。
「我、汝と契約せし者。精霊よ、我が身に宿れ」
慶が早口に唱え、二人は地面に衝突する前に水の膜に覆われた。一瞬の浮遊感を味わってはじけ飛んだ水と共に地に足をつけた二人の前に三人組が現れる。
「急々如律令、縛」
「我、汝と契約せし者。精霊よ、我が身に宿れ」
一番初めに符を放った男が再び符を放つ、と同時に芙紀乃がそれを唱え、飛来する符を焼き払った。
「てめえら、何者だ」
「こちらが聞きたい。突然攻撃してくるとは随分なご挨拶だな」
符男が眉をひそめる。
「なんでてめえらに俺たちの素性を明かす必要がある」
「無いね。ならこっちだって同じでしょ?」
「口の減らないガキだな」
「いくら符を構えたって無駄だよ。護符だって所詮紙なんだから一瞬で灰になる」
芙紀乃が指先に炎をちらつかせるのを見て忌々しげに溜息を吐いた符男は符を構えた右手をおろして言った。
「ひとつ訊きたい。あんたらはこの森の怪異じゃねえんだな」
「当たり前だ。むしろ私たちは怪異を治めに来たほう」
慶がのんびりとした口調で口をはさむ。
「君たちもそんな感じでしょ?この鎮守の森には鬼が出るって聞いて治めにきたらおれたちがいて、人間じゃない気配だから間違えて攻撃してきた、ってところ?」
慶達“使”は人間ではない。残留思念はともかく、俗にあの世と称する、あちら側に行きそびれた魂魄や、逆にあちら側から出てきた魔物は本来こちら側にあるものではない故に均衡を乱す。あちら側のトップ、“殿”と呼びならわす者と契約して、そういったモノを噂を頼りに監視し滅する、それが“使”だ。特殊な能力と引き換えに老いを失う。そういう契約をするのだ。
「まあな」
今度こそ殺気もひっこめた符男が脱力したように溜息をついた。慶の話し方にはどこか人の緊張を緩める力がある。
「俺たちはこの森の怪異を治めるために派遣された、公務員だ」
「はあ?ただの公務員がいきなり護符なんか使うわけあるか」
「心霊対策本部、って言ったら分かるんじゃない」
ずっと黙っていた女が助言した。
「心霊対策本部?」
確かこの国の法律は幽霊を認めていない。本部という名前的に国の組織なのだろうが、いったいどういうことだ、と芙紀乃は混乱した。慶も首をかしげる。
「そうだ。で、俺たちの素性は分かっただろう、次はお前らだ」
「いやちょっとまって、心霊対策本部って」
「来る!」
芙紀乃が符男に問いかけようとした言葉は慶の鋭い警告に遮られた。
「鬼…」
彼らが話している間に邪気は具現化していたのだ。
熊のような形状に固まったそれは彼らに向かって迫って行く。
「任せて」
芙紀乃が踏み出すのを見て符男が危ない、と止めかけるが、慶がすっと左手を差し出して制止した。
「見ててください」
「……」
芙紀乃と慶を見比べ、符男はおとなしく引き下がる。この少年が止めるのなら、あの少女には勝算があるのだろう。
「ふん。残留思念を食って正体をなくした魂魄か」
氷柱を操った男がそう言い終わるか終わらないかのうちに芙紀乃が右腕をおおきく横に薙ぐ。火球が直進して鬼にぶちあたり、燃え上がった。確実にそれを燃やしつつも決して森を燃やすことのない炎は赤く揺らめき、鬼を燃やしつくしてかききえた。
「おしまい」
芙紀乃が煤を払うようなしぐさで手を叩き振りかえる。
「で、心霊対策本部って何」
「説明してたら夜が明けるよ、伊勢。さっさと本部に帰ろうよ。しかたないからその二人も乗っけてさ。どうせあんたたち野宿でしょ」
符男を遮って女が言った。女性にしては上背があり、目鼻のくっきりした顔をショートボブがかこんでいる。
「よくおわかりで」
「まあね。近くに移動用の乗り物もないし見たところあんたたちお金も持ってないでしょ」
「桐村、こんなわけのわからない奴ら本部に連れてくつもりか?」
「だって本部なら倉田さんだっているし問題ないでしょ」
ま、あんたたちが良ければだけど、と桐村というらしい女が二人を見た。
「おれたちはいいけど」
慶が穏やかに答えると、決まりね、と桐村がさっさと歩きだした。
「ほら行くよ。車鳥居の近くに停めてあるから」
この時ばかりは符男も氷柱の男も、芙紀乃と慶も、お互いに顔を見合わせて肩をすくめるほかなかった。
「お前ら、おかしなマネしたらただじゃおかねえからな」
「分かってるっての」
符男−伊勢が桐村の後を追い、二人がそれに続き、最後に氷柱の男がついた。
「心霊対策本部、か…」


心霊対策本部





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