#3 | ナノ






さて、何の話だったかな・・・あぁ、そうか。
まずは細菌汚染の原因と現状について話そうか。

簡潔に言えば世界各地の毒ガス・細菌兵器の研究所が同時多発的に爆破されたことによる汚染だ。何者が何のために行ったのか、それは今となってはどうでもいいことだが、当人たちもまさかこんなことになるとは思わなかっただろう。
ともかく、施設から漏れ出した有毒な霧は大気を、水を、植物を、地上を完全に汚染して行った。そして世界の首脳による会議の末、人類は地上を棄て、地下へもぐることにした。

しかしそのころにはすでに細菌によって奇病に罹ったり、体内から蟲に食い破られたりといった細菌症による死者はうなぎのぼり。
どんぱちやっとった世界中の軍隊と世界中の人員を総動員して地下600メートルに広大な空間を作りあげた人類は最新の技術を使って地上と地下を隔離。そして、人類は地上を完全に放棄した、というわけだ。

地上の現状についてだが、奪還部隊が必死になって蟲と細菌との攻防戦を繰り広げているなか、汚染レベルは5つに分けられた。
レベル1、簡易防護服で24時間までなら影響なし。
レベル2、防護服で12時間まで。研究者はここまでしか立ち入れない。
レベル3、防護服で3時間まで。
レベル4、完全防護服で1時間。
そしてレベル5、完全防護服でも5分いたら細菌症に感染するか蟲に食われる、立ち入り禁止レベル地区。自然光を取り入れる防護ガラスが張られているのはレベル2までで、空気を循環させる防護フィルターはレベル1のごくわずかな地区にしか存在しない。


おっと、いけない時間のようだ。続きははまた次に回すことにしよう。・・・そんな顔をしないでくれ、君たちがもうこんなことは知っているのは重々承知だが、これも形式だからな。では、また。




―――――――――




夕方になってイロハが帰ってきた。腕に軽い怪我をしているようだが、未開封のマドレーヌの箱を持ってモニター室にすっとんでくるあたり支障は全くないらしい。きっちりと手当もしてあるので心配はなさそうだ。

「結局ここに持ってくるのね。まあいいわ、ナグニもいることだしちょっと休憩にしましょうか。午後のティータイムには遅すぎるけれど紅茶入れてきてくれない?フタバちゃん」


廊下に比べて薄暗い部屋の、半分消えている電気をつけるとヒトミがまぶしそうに目を細めた。
部屋の中央に置かれたソファーとローテーブルに歩いてくると、彼女は溜息をつく。

「こう毎日モニターと向き合ってると目がだんだん弱ってくるわね・・・そろそろ治療しに行った方がいいかしら」


大丈夫なんですか?と心配そうに聞くイロハにへーき、と笑ってヒトミはモニターの方を振りかえった。
ヒトミの座っていた椅子の足元にかがみこんでいる銀髪の男性がナグニ、ヒトミのパートナー。いったん終わりにしたら?という声に応えて立ち上がるその姿は長身痩躯、おそらく20代半ばから後半の、恐ろしく整った顔つき。


フタバが紅茶の乗った盆を手に戻ってくるのと同時にソファーにかける彼はマドレーヌに視線を合わせて、シイナは、と静かな声で問いかける。

「あいつなら帰りましたよ、明日から非番だって嬉々としてましたけど」
あ、そう。聞いたわりには無関心な答えに苦笑いしつつフタバはイロハの隣に腰掛けた。


・・・


任務でバディを組んだ相手がいかに無能でびびりだったかを熱弁したあと疲れて眠ってしまったイロハを抱えているナグニと、横を歩くフタバ。珍しい組み合わせだが不思議と違和感が無いのはおそらくナグニとシイナの容姿が似ているからだろう。
もはや国籍の分からない銀髪は、シイナも同じ色。
二人の表情は対極だが、同じような顔をさせたら瓜二つなんじゃないか、とフタバは思っている。他人の空似か、それとも血縁関係にあるのか。
ダークサイドとして施設に入れられた時点で年齢差のある二人は引き離されてしまっているだろうからたとえ兄弟であっても判別することはできないのであるが。


「ここですよ」
女子仮眠室に案内。驚いたことにナグニは施設の内部をほとんど把握していないらしい。

ドアを開けて誰もいないのを確認し、フタバが入って良い、という合図をした。イロハを適当なベッドにおろして彼は素早く部屋から出た。

「じゃあ俺帰る。お前も明日から非番だろ、気をつけて帰れ」

日によってだいぶ口数の変わる彼が、今日初めてまともなセリフを言ったのに驚いて一瞬フリーズするフタバを怪訝そうに一瞥して、彼は廊下をさっさと行ってしまった。

「ありがとうございました!」急いで声を張ると、廊下を曲る寸前で彼は小さく手をあげた。良かった、聞こえたようだ。


「さて、帰ろう」
明日からシイナと同じく3日間の連続非番だ。さっさと帰って割引をねらって買い物でもしようか、と計画を立ててフタバは小走りにロッカーに向かった。



非番




(やっば、手帳ロッカーに忘れた)
(これ、シイナの手帳だ・・・まさか忘れてったのか)
((まいっか))

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