立体ホロが獲物との距離を赤い線で結んでいる。おそらく3メートルも離れていないはずだ。
バディを組んだパートナーにもそれを見せ、音もなくファイルを閉じた。
…雨。
「…来る、」そうつぶやいた彼の声にかぶさるような銃声、そして体の前に張ったシールドに火花がはじける。
頭で考える前に、体が反応した。地面を転がり、二手に分かれて瓦礫の陰へ。
気配から、獲物が私をターゲットにしたらしいことが分かる。
手首に付けた通信媒介がひらりと「3」の数字をフラッシュさせる。それに続けて2、1、と頭の中でカウント、それ。
スタートダッシュの要領で前方、獲物に背を向ける方向に飛ぶ。コンマ0.1秒の間、そして瓦礫がはじけ飛んだ。
もろにくらったら首と体が弾けるほどの威力だが、たっぷり数メートルとった間合いに飛来する小さなコンクリートの礫はことごとくシールドに跳ね返される。
「ナイス」
完璧な合図を送ってきたパートナーに小さく感謝しつつ、当初の計画通り廃ビルに駆け込んだ。入り組んだコンクリートの森は屋内戦に長ける今回のバディ最高の狩場だ。
手首の端末をタップして事前に組んでおいた起爆システムを呼び起こし、獲物が廃ビルに入った瞬間を狙い澄ましてスイッチオン。
どかん、というクラッシュ音と同時にビルが揺らぐ。
爆風にまぎれてパートナーが駆けてきて、私たちは再び互いに背中を預ける形になる。
信頼できるパートナーだからこそ、お互いの呼吸を寸分たがわず読むことができるからこその、それ。
彼と私がバディを組んだ回数はすでに両手両足でも数えられないほど、だから。
「逃がさない」
「当然」
信頼ゆえの自信がそこにある。
彼の得物は小さなナイフ、私は一応、拳銃。だが使うことはほとんどない。両手を使えた方が、屋内戦で有利なアクロバティックな動きには向いているのだ。
爆風が収まりかけた時、煙が一瞬ゆらぐのを、私たちは見逃さなかった。
暗黙の了解で彼がおとりになる。
ゆるやかな動きで煙につっこみ、バチ、と獲物の手に掴まれた銃が吐いた弾をシールドで受ける、・・・その数秒をしっかりと見据えながら私は廃材を蹴ってむき出しの梁に片手でぶら下がる。
足を降りだして反動をつけ、逆上がりの勢いでその不安定な足場に体重を預けた。地上およそ3メートル。
細い鉄筋とコンクリートの塊はぼろぼろと崩れかけている、が、まだこれなら大丈夫。
丈夫そうなところを選んで梁の上を駆け、獲物と彼の乱闘のほぼ真上に位置を取った。
太もものホルダーから愛用のシグ・ザウエルP229を引き抜き、・・・
「くそ」
彼に当たる可能性がある。普通の弾ならシールドで跳ね返せるだろうが、これは、この弾はだめだ。
おとなしく眼下の戦闘を眺める、よし、いまだ。
わずかな呼吸のリズムから、彼の動きを先取り、ターゲットと彼の間に出来たわずかなすきまで標的に的確な蹴りを放つ。
突如割って入った第三者の存在に対処できずよろめいた標的に、勢いを殺すために上半身まで深く沈めて着地した私の頭を軸にとって今度は彼が回し蹴る。
「とった」
重たいエンジニアブーツのつま先をもろに首筋にくらった標的が意識を失う。それを素早く捕縛。任務完了。
彼と私、そろって通信システムを呼びだす。立体ホロに見なれた人物の姿が映し出され、手首をまげて獲物の捕縛完了を確認させる。
「よし、静かに帰ってこい」
つまり。何も起こさず誰にも見とがめられず速やかに帰還すること。了解、と通信システムを閉じた。
怪我は、などという言葉はいらない。互いの呼吸から、気配から。異常がないことをすでに確認できている。
「帰ろう」
「ああ」
廃ビルから出ると雨は本降りになっていた。
シールドは残念ながら敵意や害意のあるものしか遮ってくれないので、雨はその威力を殺すことなく私たちにふりかかる。
寒くは、ない。吐く息は白いが、それでも寒くはない。無意識の行動、彼と私は、暗黙の了解で互いを温め合うように寄り添っているのだから。
雨
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