お借り小話
2013/06/14 21:48
彼女の夢を聞いたのは、いつだっただろうか。
彼女に夢を語ったのは、いつだっただろうか。
「……マルタ、ちゃん?」
何年ぶりになるだろうか、この名前を呼ぶのは。目の前に立つのは、世間を騒がしたりしているRSH団のボスなのに。
「………そうよ。悪い?」
逸らしていた視線をため息と共に向けられる。腰に手を当てて不機嫌そうに開き直る姿は、面影を残しつつ1組織のトップの姿だった。
「なんで君が…RSH団のボスに…!」
心臓がドクドクと、現実を受け入れないかの様に音を立てて動いている。
「夢のためよ。貴方だってジムリーダーの夢、叶えるために頑張ったんでしょ?」
あたしは今頑張っているの、と彼女は誇らしげに胸を張る。やっぱり、彼女は僕の記憶にある彼女なんだ。ジムリーダーを目指していた頃…まだ未熟なトレーナーだった時に親しかった、マルタちゃん。
今はなくなってしまっている花を見たいと、夢を語り合っていた彼女の姿が甦る。
「……お互い、夢を追い掛けた結果、なんだね」
残念、と一言で片付けるには難しい気持ちだ。だけど、今の僕はジムリーダー。ジムリーダーとして、やるべき事はひとつだけ。
「……フライゴン!」
腰のボールから、一番馴れ親しんだ相棒のボールを宙に投げる。鳴き声を上げて光から現れる姿を見届けてから、またボスである彼女に視線を向ける。
「……悪いけど、捕らえさせて貰うよ」
RSH団の、ボスさん。
向こうもボールに手を掛けて、腕を振り上げる。光から飛び出してきたのは
「いけっブルンゲル!」
タイプ相性で来たかぁとか、新しく捕まえてたんだなぁとか、少しだけ思案する。ブルンゲルのやっかいなのは特性、タイプは水とゴースト。一気に畳み掛けるか、触れずに攻撃をするか。
「やっちゃって!熱湯!」
「フライゴン!」
ブルンゲルから放たれた熱湯が、フライゴンにヒットする。幸い深手ではなかったらしく、身震いして湯を払うフライゴンに続けて指示を出す。
「ストーンエッジ!」
うねるような声と共に、地面から岩が飛び出してブルンゲルを襲う。その隙に一気に距離を縮め、再び攻撃へと移る。
「なッ」
「ドラゴンクロー!」
振り上げた腕から爪が伸び、ブルンゲルの体を揺らす。一度地面に叩きつけられたブルンゲルは戦闘不能に見えた、が。
「…!」
残念、と形の良い唇が動く。するとブルンゲルの瞳が突如として怪しく光り、距離を取り切れていなかったフライゴンに直撃する。
光に当てられたフライゴンは、ふらふらと覚束ない足取りで目を回していた。
「妖しい光…こっちが本命だったのか」
「ふふっ、せいかぁーい」
悪戯が成功した無邪気な子供のように、マルタは口角を上げてにんまりと微笑む。名前を呼んでみてもフライゴンは依然混乱状態で、ブルンゲルから完全にマークを外している。
「マルタ様!」
「あんたたち!一旦退くわよ!」
そんな所を下っぱが騒ぎを聞き付けたのか、彼女の名を呼びながら駆け寄ってきた。彼女が一声掛けると了承の返事をし、懐から玉状のものを取り出した。
「っ、待って!」
「じゃあね、ウツブシジムリーダーさんっ!」
その一言が合図だったように、手を振り背を向ける彼女達の周りに煙が勢い良く沸き上がる。
視界が完全に煙に染まり、伸ばした腕も意味をなさずに引き戻す。徐々に晴れる視界にフライゴンを見付け、辺りを見回すがウツブシの地が広がっているだけ。
「……逃げられちゃった、かぁ」
捕らえられなかった自分の実力不足に少し落胆し、少しづつ先程の出来事を頭の中で整理する。
マルタちゃん、RSH団のボス、RSH団の活動、マルタちゃんの夢。すべてが嫌な位にすっきり繋がって、パズルのピースが噛み合うように納得した。
「……フライゴン」
混乱から立ち直り寄ってきたフライゴンの輪郭を撫で、会話は出来ないものの一人語り掛ける。
「悪い人にならないと出来ない事って…止めた方が良いよね」
キュウ、と心配そうに鳴くフライゴンを安心させるように笑い掛け、心の中で問い掛ける。
彼女は未だ夢を目指して、ひたむきに走っている。夢を叶えた僕に、それを止める権利があるだろうか。
ふと脳裏に、幼い頃に夢を話してくれた時の笑顔が過る。
「また…会えるといいな」
きっとその時は、昔よりも今よりも、もっと分かり合える。そんな気がするから。
* * *
紅茂さん宅のマルタさんをお借りしてスイセンと小話書かせて頂きました!
トレーナー時代から互いに成長し対峙する立場になってしまったスイセンの心境が書けてたら…いいな…