推しに尽くしたい話 | ナノ


▼ 14

 結局一晩寝かせて、帰りの新幹線でも送ったのだが、夜の内容は触れずにホテルと食事のお礼を再三述べて送信する。せめてもの変化として、私もですと添える。嬉しいどころか死んでもいいレベルでしたけど? 死なんですけど。推しが神対応過ぎる。あむあず時空を想定すると、梓さんはこれ以上のガチ恋あむぴの攻めに耐えれるの? しゅごい。壁になって見守りたい。

 ともあれ、私は自分のやるべきことを考えて熟さなければならない。
 今の私に監視の目は着いてるんかな。変装したまま家を出れば向こうではバレへんやろけど、こっちで見つかったら言い訳のしようがない。さすがに私の部屋の出入口を見られることはないか。エレベーターの監視カメラやマンションの出入口で見られようが、郵便受けさえチェックしなければ大丈夫やろし。知らんけど。それすらチェックされてたらもう無理。つむつむ。断罪はあとで受けるのでしばらくほっといてください。
 諦めにも近い思考で決めれば、即行動。休暇を十一月上旬の金曜にぶち込み、フェイクとして期間限定の博覧会のチケットをとった。いいよね、ジ〇リ。……社会人でなきゃ滞在期間もっと長くできたんやけどなあ。辞表出すことも考えたけれど、私視点で降谷さんの求めるものがこの職場が最有力候補である以上得策とは言い難い。増してや前回の逢瀬を鑑みれば、監視の目の可能性に加えてペンギンちゃんという違法直結アイテムまでいただいてるのだからあまりに制約が厳しい。なんの縛りプレイやねん。なんで私は東都に住んでないの? こういうのって普通東都にぶち込まれるもんでしょ? いや実際住んでたら死んでてもおかしくないんからいいんやけども。考えても仕方ない。否、冒涜的な力が働いていたらむしろ考え過ぎない方がいい。創作物にありがちなそれらしいきっかけすら浮かばないんだから、多分そういうことだと思うことにしている。
 掲示板へのそれらしい返信はない。知らないという旨の返事が一つ、ついていただけだ。SNSのフォローもスパムばかりでなんの進展もない。



 忙しいのか降谷さんからの連絡の間隔が開いているのは、むしろ好都合だ。そのままペンギンちゃんのことは忘れといてください。
 明るいブラウンのロングヘアウィッグと派手めの化粧、普段なら絶対に着ないフューシャピンクのパーカーとショートパンツ。それでも年齢的に黒ストッキングは欠かせない。鏡の前でファッションチェックし、新しい黒いリュックに荷物を詰め込んで家を出た。いつものミニ財布からひとつ前の長財布に変えることも忘れていない。よし、大丈夫!
 東都に、そして警視庁に足を踏み入れた。まずは合法的に建物に入れる見学コースだ。住所と名前での事前申し込みが必要だが、写真はない。何かで確認された時のため、免許証は財布から抜いている。荷物はコインロッカーに入れて、手元のショルダーバッグには日記帳と筆記具、スマホと財布という軽装備だ。

 まあ、そんなうまく出会えるわけないよねえ。誰に会えるでもなく、見かけるでもなく、話を聞けるでもない。わずかでも内観を知れただけ良しとするか。次はネットで収集した、警察官御用達の店で昼食をとる。店に入って当たりを見回す。なるほど確かにそれらしいスーツの方々はちらほらいるが、目当ての顔はない。ですよねえ。
「……はあ」
 重たい溜息が出た。想定の範囲内とはいえ、あまりにも足掛かりが無さすぎる。明日は、事件上等米花町散策作戦を決行する予定だ。背に腹は変えられない。そうでもないと、警察と接点なんか持てない。……死の運命を覆すために事件を待つだなんて、なんて皮肉なんだろう。私が居ようが居まいが、事件は起こるし人は死ぬ。そう最もらしく言い訳しようが、決して願っていいことではない。けれど私は咎人になっても、あの人の幸せを願いたい。
 だから、私は赦しは請わへん。

「お待たせしました、A定食です」
「ありがとうございまーす」
 ボリューミーなみぞれカツ定食が手元に運ばれてきた。カラリと揚げられたトンカツがいい匂いを漂わせている。
「いただきます」
「お客様すいません、ただいま店内大変混みあっておりまして。相席をお願いしてもよろしいですか?」
「ああ、大丈夫ですよ」
 二つ返事で了承すれば、草臥れた黒いスーツ姿の男性が正面に座り、私と同じA定食を頼む。目が合ったのでにこりと愛想笑いを浮かべ……なんか見覚えあるような。黒髪短髪の筋肉質でちょっと目つきの悪い東京の知り合いなんかおったっけ。
 ん、みぞれカツ美味い。もぐもぐ、ごっくん。
「あ」
 この人、東都環状線爆弾予告犯逃がした人やん。
「どうかしましたか?」
「あ、いえ、なんでもないです」
 そう来たか、というのが率直な感想である。変装してガラリと印象が変わった私をこの人が思い出すとは思えないが警戒心は急上昇し、みぞれカツとご飯を口に詰め込む。
「どこかで会いませんでしたか?」
 公安怖い。目付きが鋭い。
「んぐ、……それはまた、使い古された口説き文句ですね」
 むせかけたがなんとか嚥下して答えになっていない返事をする。
「そういうつもりでは……でももしかしたら本当に知ってるのかも知れません。お名前お伺いしても構いませんか?」
「あー、高山です」
 苦笑いで返したのは高山めぐみ、それが東都での偽名である。由来はもちろん、名探偵とその相棒の中の人からだ。
「高山さん」
「思い出しました? 申し訳ないのですが、私にはあなたのお名前の心当たりもなくて」
 嘘は言ってない。名前は知らない。
「不躾に失礼しました。私はこういうものです」
 見せられたのは警察手帳だ。斎藤春樹というらしい。こう言われたら、名乗らざるを得ないと。
「刑事さんでしたか、いつもご苦労さまです。高山めぐみと申しますが……何かの事件ででもお会いしたことありましたか?」
「ああいえ、気の所為だったかもしれません」
「だったら良いのですが。幸いと言いますか、私はあまりそういったお世話になったことがなくて」
 事実である。
「んー、一人覚えている方はいるんですが……お恥ずかしながら名前はあれなんです。殺しても死なないタフガイっていうのがインパクトありすぎまして」
 ふふ、と笑いながら言ってみせる。……ギリギリ嘘はついてない。あれとしか言ってないからセーフセーフ。
「ああ、伊達さんか」
「ご存知なんですか?」
「まあ有名人といえば有名人ですから」
 合点したというように斎藤さんは気を緩めた。もちろん見かけ上の話である。公安なので実際の心中を疑ってしまう。高木刑事とかならこの時点で安心できそうなんやけどなあ。
 斎藤さんの定食が運ばれてきて、私も食事に戻った。

「ごちそうさまでした」
 完食して手を合わる。
「斎藤さん」
「はい」
 手を止め、斎藤さんが咀嚼しながらこちらを見る。
「もし伊達さんに会う時があれば伝言お願いできますか? 手帳落とさないでくださいね、それから車には気をつけてくださいって」
「はあ」と訳の分からない組み合わせに曖昧な返事をされる。
「よろしくお願いしますね。ではもしまたどこかで縁があったら──いえ、ない方がいいんですかね、この場合」
 全然しまらなかった。去り際になんかいい感じのことを付け加えようとか考えるんじゃなかった。ちょっと印象に残ろうとしたけどこういうんじゃない。
「そう、ですね……?」
 めっちゃ微妙な顔された。ごめんやん。
「すいません。いつも日本を守っていただいてありがとうございます。失礼します」
「は、」
 レジに逃亡し、会計で草臥れた彼の分もこっそりまとめて支払って店を出た。
 動いてください、斎藤さん。お願いだから。曖昧な布石がやっと一つ。これ以上関わるのは降谷さん的な意味でとてもまずいので斉藤さんルートはこの辺りが落とし所だろう。印象に残って伝えてくれれば僥倖と言ったところか。それでなんだろうと首を傾げて心の片隅に置いて欲しい。



 翌日は監視カメラから顔が隠れるように黒い女優帽を被ってホテルを出て、米花町に向かった。午前から町をぶらついてみたが何事もなく、梓さんに会いにポアロを訪れた。同じ米花町に来るなら寄るしか選択肢がない。ただ今のうちに梓さんに会っときたいだけですけど。この上で事件がタップダンスするのはまだ先の話か。
「いらっしゃいませ!」
 はい今日も可愛い看板娘! ありがとうございます!
「すいません、一人なんですけど」
「カウンター席でよろしいですか?」
 少し遅い昼食のためにお邪魔した店内を見渡せば、まだ混雑しているもののピークは過ぎたようで、食べ終わりかけや話をしている人の方が多い。
 メニューを眺めていたら、梓さんがお冷を持ってきてくれた。
「あの、先月もいらっしゃいました?」
 まじか天使に認識されてんの?
「覚えてくださってたんですか」
「もちろんです! 大阪の方ですよね」
 さっき確認した程度にはあやふやなのにドヤ顔する梓さん可愛すぎか。ボキャ貧でごめんなさいね。
「ありがとうございます、梓さん。来ちゃいました」
 今日も最高に可愛いですね、という言葉は飲み込む。いくらキャラへの褒め言葉は不思議と恥ずかし気もなく言えるといっても、不審者にはなりたくない。距離感、大事。
「ふふ、ご来店お待ちしてました」
 ずきゅん。

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