推しに尽くしたい話 | ナノ


▼ 11

 私が東都の存在を認識して、今日で一年が経過した。未だに世界は混ざりあったままで戻る気配はない。私は何もできていない。そのうち冬になって、伊達さんの死期が迫ってくる。
 変わり映えのしない今日も朝起きてニュースをチェックしながら朝食を取り、慌ただしく出勤する。確かにこの一年で事件性のある患者は増えたという印象がある。家族が事件に遭遇し予約変更などということもそこまで珍しくなくなってきた。最初は噂話をしていた受付さん達もまたか、と慣れきって対応している。慣れとは恐ろしい。米花市民どころか日本国民単位で犯罪に慣れつつあることに気付いているのはどれくらいおるんやろうな。今年から入った後輩達は初期設定がハードモードながらも頑張っているのが分かり、微笑ましく思うと同時に首都の勤務でなくて良かったと胸を撫で下ろす。あっちはやばい。絶対にやばい。こっち以上に警察も病院も事件に振り回されていることは想像に容易い。

 新聞で、工藤新一最初の事件が起きたことを知った日には遂に来たかと怯えた。それから、うっすらでも記憶のあるはずなのに、やっぱり事件を防ぐことなんかできなかったという焦りを感じた。こんなんじゃ伊達さんを助けられない。降谷さんを守れない。



 今年も同じく三連休を利用して、土曜は予定があったので日曜から、ついでに火曜の休みまで確保して東都を訪れた。日祝は休みの国立国会図書館に立ち寄りたかったからだ。
 せっかくなので、新幹線を降りてすぐポアロに再チャレンジするため乗り換えてボストンバッグ片手に米花駅に向かう。以前と同じ道を歩いた。
「いらっしゃいませ。何名様ですか?」
「あっひとりです」
「カウンターでもよろしいですか?」
「だ、いじょぶです」
 今度こそは美人看板娘に笑顔で出迎えていただいた。まじか想像してたけどめちゃめちゃ可愛いやんけ。あって言っちゃったわ。
 あむあずはいいぞ。安室透としてでも梓さんに癒されて欲しい。天然ボケとスパダリおいしいです。時々鋭い梓さんのギャップにやられてそのうち幸せになればいい。えんだああああああいやああああって叫びたい。美男美女カップル最高、目の保養。見れへんけどな。妄想乙。安室透がポアロで働き始めたら普通に来づらい。もしかしたらこれが最後かもしれない。梓さんを不審者にならない程度にガン見しとこう。まだまだお昼時で店内は混雑しており、カウンター席に案内されたので合法的に美女を眺められる。……一年後来たいなあ。拝みたい。
「ナポリタンとアイスコーヒーをお願いします」
「コーヒーはいつお持ちしましょう?」
「食後でお願いします」
「かしこまりました!」
 店員と客の普通の会話だけでこんなに幸せになれるなんて、最高の連休や。定番メニューたるナポリタンは喫茶店らしく懐かしい味がした。うん、おいしい。近所にあれば上から順にメニュー制覇したいところやけど、米花町に住むのは危険すぎるから嫌やな。やっぱナシで。カラスミパスタがメニューになかったのは残念だ。そもそもまだないのか、それとも材料の関係でたまたまないのかどっちかなあ。食べたかった。そう言えば梓さんって呼んじゃうけど普通に年下なんよな。原作で二十三ってことは今は二十二か。安室さんが梓さんって呼んでるしいいか、どっちにしろ心の中やし。

「アイスコーヒーお持ちしました」
「ありがとうございます」
 タイミングを見計らって梓さんがアイスコーヒーを運んできてくれて、同時にパスタ皿を下げる。来た頃には混雑していた店内も、ランチタイムのピークが過ぎて閑散としてきている。多少長居しても問題なさそうだが、お布施をしなければ。
「すいません、チーズケーキ追加でお願いします」
「はいっ、かしこまりました!」
 元気よく返事する姿に癒される。まじで可愛い。ポアロ通いたい。聖地云々抜きにして普通に美味しいし、居心地がいい。梓さんは食器を下げたり会計にと忙しなく動き回っている。落ち着いてチーズケーキを盛り付けてる姿も可愛い。語彙力は死んだ。
「お待たせしました」
「ありがとうございます」
 カウンター越しに出されたベイクドチーズケーキをナポリタンと同様に写真撮影してからフォークで切り、まずは一口。濃厚な味が口に広がり、風味が鼻を抜ける。ゆっくり咀嚼して飲み込んで息をつき、一旦フォークを置く。コーヒーに手を伸ばしながら梓さんの様子を窺っていると、カウンター越しにばちりと梓さんと目が合った。
「あの、私の顔なんかついてます?」
 小首を傾げるのは狙ってますか、狙ってるんですか。天使か。美人は夜の宝。ガン見しすぎたらしい。すまんかった。
「すいません、可愛いなあと思ってついみつめてしまいました」
 正直に漏らせば梓さんはきょとんとして、すぐに破顔する。
「やだ、そんなことないですよー! でもありがとうございます」
「不躾でした。気を悪くされたならすみません」
「いえいえ、全然大丈夫です」
 ゆっくりしていってくださいね、とにっこり笑う天使を拝めた。モブにも優し過ぎない?

 ケーキを食べ終わる頃にはマスターが梓ちゃん少し抜けるね、と声をかけて奥に引っ込んだ。きっかけありがとうございますマスターファインプレイ。
「梓さん、っておっしゃるんですね。ごちそうさまです。美味しかったです」
 コーヒーも残り少ないし、飲み切ってそろそろお暇の時間かと考えていたがせっかくやから最後に一言と思い声をかける。
「ありがとうございます。良ければまた来てくださいね。……あ、もしかして旅行者さんでしたか?」
「実はそうなんです」
 旅行用のボストンを見ての発言だろう。
「どちらからいらしたんですか?」
 マスターの目もなく仕事にも余裕ができたからか、どうやら会話をしてくれるらしい。
「どこに見えます?」
「うーん、難しいですねえ。静岡とか?」
「残念、大阪ですよ」
「え、そんな所からわざわざうちに!?」
 無茶振りもいいところなのに、悩み、驚き、くるくると変わる表情が可愛らしい。なるほどロリ顔か、ええな。
「雰囲気良さそうだなと思って寄って正解でした」
「もう、そんなに褒めても何も出ないですよ」
「本当のことですよ。また来てもいいですか?」
「さっき私が言ったんですよ。もちろんです!」
「じゃあ、また必ず来ます。会計お願いしてもいいですか?」
「かしこまりました」



 ポアロを出て、つい毛利探偵事務所を見上げた。窓から後ろ姿の男が見えた。
 気を取り直して近くを注意深く歩く。ポアロは五丁目で、次に見つけたのはコロンボだ。散策していれば二丁目に入っていて工藤新一の家を見つけた。その隣には阿笠博士の家。木馬荘──は、沖矢昴が住むことになるんやったっけ。鈴木という邸宅は間違いなく鈴木園子の家だで、トロピカルランドはまだオープンしていなかった。美術館に、水族館。帝丹高校と小学校を通り過ぎ、長い一日を終えた。そこそこで切り上げるつもりだったが、やはり何度も足を踏み入れるべき場所じゃないと思えて散策した。途中先にホテルで荷物を預ければ良かったと後悔したが、それもいい運動やったと思っておくことにする。

 前回と同じホテルに荷物を置き、ミニショルダーだけで外出して死ぬほど美味いラーメン屋という謳い文句のラーメン小倉で閻魔大王ラーメンを食べた。めっちゃ美味かった。うっかり汁完した。降谷さんに写真を送り付けた。



 起きたらどこの店だと問うメールが来ていたので、杯戸町ですと返事しておいた。今晩は昼過ぎから会う大学時代の同期の家になだれ込む予定になっているが、状況によっては図書館にアクセスしやすいホテルに移ってもいいなと少し迷っている。
 この祝日の予定は図書館という目的を少しでもカモフラージュする意味も兼ねて、こちらに住む友人達とランチした。それから別の親しい友人とスイーツを食べて、その後はショッピングして夜は居酒屋に突入する予定だったが仕事でトラブルがあったようで、今度絶対埋め合わせするからと何度も謝って仕事に向かった。降谷さんみたいやな、とちょっと思って一人笑った。

 ショッピングモールに取り残されたので、そのままぶらつくことにする。あ、フサエブランド。イチョウをモチーフにしたそのブランドは、確か阿笠博士の初恋相手の経営するブランドだったはず。
 東都環状線には記憶にある山手線の駅名が、東都環状線の駅に混じって存在していて私からすればすごくちぐはぐだ。山手線側にあるショッピングモールにいるのだが、爆心地を離れたつもりがあちこちにあちら側の欠片が散りばめられていて全く油断出来ない。
 今頃は居酒屋に向かっていたはずだが一人で行く気も起きず、スイーツの食べすぎで特段空腹でもない。モール内の椅子に座ってどうしようかとスムージーを飲んでいればスマホが震えた。友人かと思って開けば降谷さんである。最近返信が早い。仕事忙しいんじゃないんですか。休んでください。少し考えて、結局簡潔に返事をする。
『こっちに来てるのか? 今度は何だ?』
『友達に会いに来ただけですよ』
 五分後に非通知からの電話が来た。
「もしもし?」
「僕だ」
「はい」
「……出るとは思わなかった」
「なんでかけたんですか」
「ダメ元で、だな。友人といるかと思ったからな。この後の予定は?」
「友達とのむ予定でしたが、相手が無事仕事に招集くらって一旦休憩中です」
「一人か」
「まあ、興味のあった店がないわけでもないですし。誰か友人召喚チャレンジしようかなと悩んでいるところです」
「だったら僕と行けばいい」
 最近妙に距離を詰めてきてるな。私の周りでなんか起きてる気配ないんやけど。情報収集足りてへんやつやん、これだから無能は、と自分をなじる。協力者にする可否の最終判断だったらいいのに、ってのはだいぶ希望的観測やな。
「暇じゃないでしょう」
「時間は作るものだ」
「格好よく言ってもダメです。またクマ作ってたら即帰宅願いますよ」
「安心しろ。問題ない」
 すぐそっちに行く、と言って電話が切れた。ちょっと待って私現在地教えてないんですけど? 通話が切れたスマホとそれにぶら下がったペンギンちゃんを交互に見る。なるほど発信機の方だったか。降谷さんはこの状態からどう言い訳するんやろ。

 夕飯時で人の減ったショッピングモールを眺めながらゆっくりゆっくりスムージーを飲む。それでも飲み切ってしまい、残骸をゴミ箱に捨てた。んで、こっちに来るってどこのことや。駐車場方面なの駅方面なのどっち。勘で駐車場方面に歩き、外に出た。
 待っていれば間もなく電話がかかってきて、やっと現在地を聞かれた。聞くのおっせーよ。勘は的中し、車だったらしい。こういうどうでもいい勘はあたるんか、肝心な所でしっかりあてたい。



「今晩は、降谷さん」
「悠宇さん」
 グレーのスーツ姿の降谷さんに声をかければ、返事と共にボストンバッグが回収され、こっちでいいかとトランクに詰め込まれる。再び人質ならぬ物質を取られた。混雑した路上での一時停車のため、すぐに乗って発車する。このRX-7に乗っているという事実にはいつまで経っても慣れない。
「どこに行く予定だったんだ? 何が食べたい?」
「普通の居酒屋だったんですがキャンセルしちゃったので、なんでもいいですね」
「お腹は結構空いてる?」
「実はそんなに? パンケーキ食べちゃってて。降谷さんは?」
「僕もあんまり。妙な時間に食べすぎてしまってな。居酒屋の方が量の調節できるな」
「でも降谷さん車じゃないですか」
「構わないさ。気になってる店は?」
「それがどこもガッツリ系なんですよね」
「だったら料理が美味い行きつけのところがあるんだが、そこでいいか?」
「はい」
 この人、仕事ほんまに終わらせたんかな。風見さん死んでない? 大丈夫?

 意外にも、着いたのはこぢんまりとした、少し古びた居酒屋だった。今までの綺麗めラインナップはなんだったのか。こっちの方が緊張しなくていいけど。車は近くのパーキングエリアに停めている。都心の駐車場たっか、と思ったが口にはしない。そういう意味でも東都怖い。
 店内でカウンター席に並んで座り、だし巻き卵や茄子の煮浸し、おすすめだというアジの梅味噌叩きを注文する。背後では団体での飲み会が開催されており、スーツ姿の男達が騒いでいる。私は梅酒のソーダ割りで、降谷さんはウーロン茶で乾杯し、料理を取り分けた。
「え、ほんとに美味しい……こっちに来てから美味しいものばっか食べてます。どうしよ」
「それはいいことだろう」
「太りますって。あ、そう言えばなんで私の位置わかったんですか?」
 スルーしたいところだが、協力者を狙うにはちゃんと気付いてますよというアピールをしなければならない。
「ああ、電話越しに聞こえたアナウンスだ」
「アナウンス?」
「本日も──にご来店いただきありがとうございます、と聞こえれば誰でも分かる」
 え、絶対嘘。仮に私の記憶がなくてもそんな明瞭に聞こえへんやろ。あの短時間でそんなに都合よくアナウンスあってたまるか。
「はあ、まあ、そうですね」
 曖昧に相槌を打つと降谷さんはすぐに話題を変えたので、すごく怪しい。ペンギンちゃんは発信機だと思ったけど、実はアナウンスを聞き取る盗聴器だったのかもしれない。決定打に欠ける。

「ごちそうさまでした」
 また奢られてしまった。会計の際に札をねじ込もうとしたけど普通にさらっとカード払いで済まされた。見た目にそぐわずカード対応してた。いやそれは失礼か。
「私だけのんでてすみません。居酒屋メニューだったし、のみたかったですよね」
「なら、この後も付き合ってくれるか」
「はい。どこへでも」
 この人の誘いを断る言葉は、相変わらず持ち合わせていない。

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