推しに尽くしたい話 | ナノ


▼ #5

 焙じ茶が注がれた湯呑みが二つ、テーブルの上で湯気を立ち昇らせている。さんきゅ、と言いつつも手はつけられないままだ。
「俺の提案の結論から言う。SNSで接触はしない」
「何だって?」
 きっぱりとした声と真剣な双黒は、提案ではなくむしろ決定事項だと告げている。それでも食い下がらないわけにはいかない。一年も経って、やっと見つけた手がかりだというのに。
「こちらからコンタクトは取らない。誰か分からない。目的も分からない」
 彩の反応は至って平坦で、静かだ。それがオレの焦燥感を煽る。
「虎穴に入らずんば虎子を得ずって言うだろ。今行かずにいつ行くんだ。まずは声をかけて話を聞くだけだ。何も今すぐ会おうとまでは言ってない」
「言ってなくても考えてはいるな」
「選択としてはアリだろ」
「接触しなくてもアカウントは見張るし、鍵リストにでも突っ込んで俺も気には留めておく」
「そうやって手をこまねいているうちに、アカウント消して逃げられたらどうするんだ! これが最初で最後の手掛かりかもしれないんだぞ」
「問題ない。『核』が情報を不要と判断したのなら、緊急事態ではないってことだ」
「そんなの分かんないだろ」
「俺達以外の誰も、『核』望む答えを持っていない。このタイミングってのは何か意味があるのか、単にただ今思いついただけなのか。少なくとも自覚し、意識し、考えてはいるんだ。考えた末にこの文面で発信を始めた。だったら、アカウントを消すにも相応の理由がある」
「適当だった場合は……いや、そうか。思いつきでやるには少し手が込んでいるが、もしそうなら危惧するべき行動はアカウントの放置だ。思いつきで作ったこれをわざわざ消すか。火急の案件なら、もう少し文面が変わってくるだろうし」
「それと」
 彩は生真面目な顔のままもったいぶって言葉を区切り、一呼吸挟む。
「今年度中に進藤悠宇に接触する」
「…………マジ?」
 たっぷり間を開けてから声をあげたオレに、彩は神妙な顔つきのまま頷いてみせた。
「マジだ」
「朝倉君に連絡先聞くのか?」
「まさか」
「じゃあどうするつもりなんだ?」
「──同窓会を開く」
「友達少ないのにその発案の規模どうなってんだよ! 絶対幹事とか似合わな──いっ」
 脛を蹴飛ばされて呻く羽目になった。ただの事実なのに。
「誰が幹事するって言った。俺がやったら何かウラありますって言ってるようなもんだ」
「誤解させるような言い方したクセに……」
 ぼそりと呟いたが無視される。ひどい。
「朝倉がそこの級長と仲良かったから、うまく他クラス合同の同窓会に誘導する。全クラスだと人が多過ぎてしんどいが、クラスが違う以上仕方ないか」
「無関心面倒くさがりの本音出てるぞ」
「そもそも各地に散らばってる面々が集まるか怪しいところはあるしな。第一、翼が調べたんやろ、最近の彼女の動向。ここ一年ほどの人付き合いと飲み会やイベントの高い出席率の継続。連絡が入れば、今の彼女なら来るはずや」
「その性格と人付き合いで同窓会企画を誘導しようってメンタル凄いよな、お前」
「言うようになったな、翼ぁ」と彩がガラ悪く絡んできた。
「そんなお前にお仕事だ。書き込みと呟きの時間と、進藤さんの出勤日時の照会を怠るな」
「出勤、日時?」
「特定材料だ。使用クライアントは公式アプリだから、予約投稿のシステムはない。手動や」
「彼女がスマホに触れる時間把握しろってか。気が進まないなぁ」
「やらないのか?」
「いや、やるよ。もちろん。彼女には悪いけど」
「同窓会は一月予定だ」
「決めんの早くね? どんだけうまくやる気なの?」
「紗知の前撮りと合わさせる」
 さすが過ぎて二の句が継げなかった。さも当然とばかりに言い切って、ぬるくなった焙じ茶に手を伸ばした。シスコンは「うまい」と律儀に感想をこぼして口元を微かに緩めた。



 とはいえ少々無茶あるだろ、と失礼な心配をしていたが、トントン拍子に計画通りの同窓会が決まって舌を巻いた。みんな何してんやろな、と彩が外に目を向けたことに喜んだ朝倉君が張り切った結果らしい。凄いのは朝倉君の方だった。シスコンに合わせた日取りのセッティングを企画者権限で行使し、そのまま決行まで一直線。隙間で怪盗キッドまわりをチョロチョロしたり調べていたら、中森警部というキッド担当の警部に見つかったからしばらくこっちはストップ、と舌打ちしていた。黒羽快斗の幼馴染の中森青子の父親が怪盗キッドの担当という数奇な人生なので、しばらく両者から遠ざかるのが正解だろう。やむを得ない。
 その間、俺は心の中で進藤さんに謝りながらストーカーじみた行為をしていた。朝家を出てから、夜帰るまでの間の流れを毎日毎日チェックする。
「やたら品行方正、なんだよなあ」
 溜息をこぼして頭をかく。調べるほどにどうにも掴みどころがない。酔った彩の話を聞く限りでは、もう少し分かりやすい人だという印象だったのだが。例えばライブも今は行っていない──というより、別のイベント事を優先しているようだ。この調子なら同窓会は参加でほぼ間違いないだろう。彼女がファンだった福山のライブだって気にした様子はないし、そもそもスマホをあまり気にしていないようだ。職場や近辺の監視カメラをハッキングして時折見ているが、ペンギンのぬいぐるみストラップがついているので多少画質が悪くとも識別できる。カワイイものが好きらしい。一方でそれなりにサブカルチャー方面にも明るかった様子だが、それこそ完全に鳴りを潜めている。ゲームのスクショもあがらないし、アニメの実況ツイートもないし、漫画の感想もない。彼女の友人と違ってぬいぐるみを連れてカフェには行かないし、ブラインド商品をいくつ買うか頭を悩ませたりもしていない。SNSの発言やハッキング、それと朝倉君経由での情報をまとめるとそうなるんだから、本当にそうなんだろう。

 本人には言わないが、彩仁と似ている。彼女にとっての娯楽は、趣味は、好みは、なんなんだろう。
 例のアカウントはその後変わりなく、ただの進藤さんのストーカーとしてステップアップしている事態に時々胃が痛くなった。動いてくれアカウント。無意識で胃に優しいメニューを作って、彩に体調を心配された。病院連れていく気はないと念押しもされたが。
 そんな調子で師走に突入し、記念日だと十二月七日に彩がピートの効いたスコッチウイスキーとケーキを買って帰ってきた。ハッピーバースデー翼、じゃねえよ。部屋から出れないオレに気を使ってんのか、単に自分が飲み食いしたいだけかしばらく迷った。ケーキは彩の好みのチーズケーキだ。でも気が抜けたので思惑通りなんだろう。釈然としない。釈然としなかったので、最後の一つの最中を食べておいた。彩の好物は分かってきているのだ。

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