推しに尽くしたい話 | ナノ


▼ #3

 意外なことに、彩は年末年始も帰省することなく、少し外れた時期に二日関西に帰った程度だ。クリスマスをケーキも何も無く過ごし、年末彩仁が働いている間に大掃除を執り行った。都内にしては些か広いこの部屋は、どうも『核』関連の何かに備えて選んだらしい。趣味に金がかからない分、必要と判断した時には躊躇なく財布を開く。こんなこともあろうかと、ってやつだなと真顔で言われて返答に困った。有難い反面、恩が積み重なってお礼を考えて苦笑いした。死人にボーナスは発生しないよなあ。復帰したら特別手当出ないかな、なんて。
 掃除のお礼だお前も綺麗にしてやる、となんて言われて髪を切ってもらったりもした。器用だった。鏡を見て、随分仲良くなれたなあと感慨深かった。
 そして無事に規則的に前に進む時間の中で男二人でめでたく新年を迎え、おせちをつついて雑煮を喰らい、働いて調べて、七草粥を作り、過ごしてしばらく。
「うん、いいんじゃないか?」
 彩はにこりと頷いた。
「本当か?」
 理詰罵倒覚悟の提案はあっさりと認可され、完全に拍子抜けだ。
「なんだよ。否定して欲しいのか?」
「いや、まさか。そんなことはないが」
「前の公安にコンタクト云々があったのに、似たようなレベルで提案するようなやつじゃないやろ。翼は」
「随分と評価されてるんだな」
「総合的に考えてな。死人の噂話は聞いてるし」
「なっ、いつの間に!? 誰からだ!?」
「お前結構な有名人だったんだな、警察学校時代。この前組んだ一つ上の先輩がお前と同じ鬼塚教場でな」
「ダメだ心当たりがありすぎる」
「あんのかよ」
 だいたい五人でやったことなんだ。一人じゃできなかった。
「一つだけ言わせてくれ。車を壊したのはオレじゃない」
「おいおい、お前らが車ぶっ壊したのは尾鰭じゃなくてマジやったんかよ……」
「しまった!」
「まあそんなことはいいや。話を戻そう」
 いいのかよ、というツッコミは飲み込んで顔を引き締める。
「──イキナリ警視庁や組織のところには突っ込むなよ」
「もちろんだ」
 ハッキングの許可が降りて、情報収集の自由度が格段に増した。



 室内トレーニングと情報収集、それにまだ見ぬ変声機のためのハードの知識を取り込み、けれどこれといった進展のないまま、桜の季節を迎えた。いや、ないこともないか。紗知ちゃんと会話はまだできてないが、彩の数少ない友人としてオレの存在がしっかりと認識されたらしい。その程度だが。
 オレの作ったピリ辛きゅうりをぽりぽりつまみながら二人で日本酒の入った杯を傾ける。年末年始に酒を解禁してから、時々こうして二人で晩酌をするようになって、この奇妙な生活はただの日常になった。
「──やっぱ、見つかんねえわ」
「うん? 何が?」
 彩の口からぼそりと吐き出された言葉に首を傾げる。
「今の『核』の話や」
「時々調べてるけど、見つかってないな。キーワードは青山剛昌だろ? まあ今のところ時間軸も普通だし、そういう観点からはやりようもないけど」
 随時報告してるから、分かりきった話だが。
「紅子ちゃんによれば、死の間際に浮かんだ人のところに動くんだろ?」
「ああ。自慢じゃないが俺の交友関係は狭いからな」
「本当に自慢でもなんでもないな……」
「屋上ダイブの走馬灯で浮かんだのは紗知に纏わることと、そうだな……高校時代か」
 『核』のおかげで簡単に治癒したせいか、彩は何気なくあの日の怪我のことを話す。致命傷を治癒させる程の高エネルギーが体に巣食っていて、負傷で彩を見限り、彩の記憶から探った次なる人間のところへ向かう。
 こちらとしてはいたたまれない限りの話題だったが、繰り返すうちに良くも悪くも受け流せるようになった。
「彩にとっての青春ってそこなのか」
「翼の警察学校よりよっぽど一般的やろ」
「まあ、そうだなあ。高校の時何してたんだ?」
「紗知の手伝い?」
 安定の真顔だった。
「……それ以外で。あと朝倉君以外で。親しかった友達とか彼女とかさ」
 彼女と言った途端、彩の顔から表情がすとんと抜け落ちた。彩のことだから一通り探りを入れた後だと思っていたが。
「あれ、もしかして元カノ? 地雷だった?」
「……片想いしてた相手はいる」
 そう言って口元を手で覆って視線を彷徨わせた。
「もしかして、今もまだ好きだったりする?」
 恐る恐る尋ねると、彩は首を振って深々と溜息をつき、グラスの日本酒を一気に呷った。腹を括って話してくれるらしい。
「別に大した話じゃない。紗知が最優先やから、告白する気もなく卒業まで過ごしたし、クラスも別だし。朝倉のお節介で時々話してはいたが……今も、まあ、稀に朝倉との会話にはあがるがその程度や。朝倉の友達の彼女が、今もあの子とかなり仲良くしてるらしいから」
 朝倉君は、多分彩の交友関係を心配して動いたんじゃないかと思います。何故分かるかというと、朝倉君電話している時は部屋から追い出されないからだ。
「じゃあ、今回の件のあとは連絡取ってないのか」
「そもそも連絡先を知らんからな。関西に残ってるみたい、ってくらいか。もし進藤さんが『核』だとしたら……はは、最悪。考えたくないな。進藤さんはどっかで幸せになっててくれりゃそれでいいのに……」
 彩仁にとって、本当に大切な人らしい。だが。
「浮かんだんだな、死ぬ間際に。その進藤って子が」
 それなら、行動をしないわけにはいかない。
「……ああ。進藤悠宇さんが、今どこで何をしてるか、調べてくれるか」
「いいんだな?」
「ああ。頼んだ」
「……ちなみに、どんな子なんだ?」
「優しくて真っ直ぐでしっかりしてて……あと、自分の痛みに自覚がない子。ほっとけへん」
 そう言って、彩はほんの一瞬顔を歪めた。

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