推しに尽くしたい話 | ナノ


▼ 10 Another

 俺の名前は荻原研介。萩原研二という男の記憶を持った、六歳の最強にカワイイ男の子だ。
 前世の友人の死を聞きつけ、暗雲立ちこめる孤児院を飛び出して足を運んだ警視庁の前で、ビルに向かって頭を下げる女性に出会い、涙を堪える顔に共感を覚えて声をかけた。進藤悠宇と名乗った彼女は関西に住んでおり、予約したホテルに一緒に泊めてもらった。萩原研二の生まれ変わりだと見抜き、その上で「萩原研二」の知り合いではない、正義の味方に連絡を入れたと笑った。
 その正義の味方は、萩原研二の警察学校時代の同級生、降谷零だった。教えてない現在地を知っていると確信しているのは理解の範疇を超えるし、何より二人の関係性が何より気になった。降谷ちゃん何やってんの? 片想い拗らせてる? 全然伝わってないみたいだけど。
 降谷ちゃんのセーフハウスに移動して、転生のことと、悠宇ちゃんが「夢」で俺達を断片的に知っていたことを話した。孤児院のことを話すと、暴力と理不尽の環境に顔を顰め、引き取ることを真面目に考え始めた時は、正直度肝を抜かれた。降谷ちゃんは分かる。死んだ旧友がそんな仕打ちを受けていてほっとくようなヤツじゃない。あの場所を解決するには大人の力が必要だから、頼ろうと思った。
 でも、どう考えても、悠宇ちゃんはおかしい。はっきり言ってヤバい。どうかしてる。
 いくら天使のように愛くるしい見た目だからって、初対面だし、記憶をカウントすれば哀しいかなアラサーのオジサンだ。それを知った上で引き取ろうとしている。
 そして引き取る相応の立場が必要となると、二人口を揃えて「結婚しよう」だなんて言うから、やっぱり付き合ってたんだと思った。俺の面前で行われたプロポーズ。手を繋ぎ、じっと見つめ合う二人。この場合の俺はおじゃま虫なのか、遠恋カップルのキューピッドなのか、果たしてどっちかな。
 関係性を隠されていた事に口を尖らせて指摘すると、降谷ちゃんは肯定し、悠宇ちゃんは素っ頓狂な声をあげたので確信する。
 ──何やってんだよ、降谷ちゃん。
 悠宇ちゃん、お前が彼氏だって本気で思ってなかったぞ。だとしたら、本気で俺を引き取ろうとした悠宇ちゃんは正気じゃない。恋人でもない男のためにやることじゃない。可愛い顔して、なかなかに豪胆というか、内に秘めているモノはいっそ恐ろしい。つまるところ目が離せない。

 降谷ちゃんが諸々の準備に出たので、残された悠宇ちゃんをつついて馴れ初めを聞き出した。付き合う時にはっきり言わずに体の関係に持ち込んだ降谷ちゃんが圧倒的に悪いはずなのに、清々しいまでの意識のすれ違いっぷりに同情した。推しってなんだよ。アイドルか。離婚前提の契約結婚のつもりのプロポーズだったことを知ったら、降谷ちゃんショックだろうなあ。
 常軌を逸した人であることは間違いないんだけど、でも、間違いなく「いい人」なんだからほっとけない。
 結婚するのに全く噛み合ってない二人。おじゃま虫が活躍するシーンはいくらでも想像できる。愉快な新生活になるな、と確信した。

 まあ、情報収集と諸々の手配の隙にばっちり婚約指輪を用意してきた降谷ちゃんには舌を巻いたけど。本気出してる。超大好きじゃん。実は石だけとっくに確保してたんじゃないのかと真面目に疑った。もしもブルーダイヤをちょうど見つけたんなら、それはもう神の祝福レベルの幸運だ。一連の流れを全て動画に収めた俺は、超優秀なカメラマンとしてあとで降谷ちゃんに恩を売ろう。

 拍子抜けするほどあっさり、慣れ親しんだ孤児院を出ることが決まってしまった。今度はセーフハウスじゃなくて降谷ちゃんの本当の家に帰った。
 ご飯食べて、今後の話をして。降谷ちゃんが仕事の間に悠宇ちゃんとデートだねと笑い合うと、降谷ちゃんは心底嫌そうな顔をした。多分斜め上の思考で悠宇ちゃんは全く気付いていない。男の嫉妬は醜いぞ。煽ったの俺だけど。あの降谷零のヤキモチが完璧スルーされてて最高に面白かった。



 買い物して、ケータイをもらって、そのまま俺は悠宇ちゃんのいる大阪で暮らすことになる。週末帰省ならぬ月末帰省くらいでは、旧友の顔を見れるかな。荻原研二に生まれついて六年間住んだ東都は、やっぱり名残惜しい。
 そんな感傷も、ケータイに何故か既に入っていた零ちゃんの連絡先みて消し飛んだ。あの馬鹿、これになんか仕込んでやがるな。絶対に部下をパシッたぞ。てかなんでガラケーなの? ネットショッピングが不便で、それを契機に悠宇ちゃんのスマホ借りた。いや借りたんだけどそんな気軽に貸してくれるとは思わなかった。この子、後暗いこと本当にないんだな。零ちゃんとのやり取りや写真を覗き見してやろうって下心があったのに。
「え?」
「残念、メールは消してるから無駄やで」
 爽やかな笑顔で悠宇ちゃんが言った。
「消してる?」
「うん。全部」
「正気?」
「だってー」
「彼氏だと思ってなかったもん、って?」
「やめてくださいぶっささります」
「好きな人とのメール全削除? なんで?」
「連絡先教えてもらった時にそういうことになったから。登録もしてないよ」
 あっダメだ零ちゃんの方がイカれてるかもしんない。
「待って、となると、悠宇ちゃんそのアドレス覚えたの? だってアレだよね。アレまあまあ覚えづらいと思うんだけど。瞬間記憶能力でも持ってる?」
「まさかぁ。気合いや、気合い」
「気合い出せるってことは本当に悠宇ちゃんの一目惚れだったのかあ」
「知ってたから一目惚れではないんじゃない?」
「そうだったそうだった」
 釈然としないなあ。
「一方的に知ってた頃から好きだったの?」
「ううん、別に」
 照れるどころかあっさり否定してのけた。つまらないような、安心したような複雑な気持ちだ。夢に夢見る乙女さを感じたことは無いけど、悠宇ちゃんだって女のコなんだし。
「なんかやばいイケメンおるなーくらいの認識」
「やばいイケメン」
「あ、しまったこれオフレコで」
「チクるね」
「チョコレート食べる?」
「食べるー」
「ビターチョコだけどね」
 有名ブランドのチョコをあけてくれた。元はケータイくれた風見さんに渡そうと思っていたけど、うっかりしていたらしい。
「で?」
「ん?」
「いつ恋に落ちたの?」
「恋、恋って感覚じゃないんやけどな。焦ってる私に手を差し伸べてくれたんよ。スーツ姿なのに、目立っちゃうのに」
「もうちょっと詳しく」
「えー」
「はいあーん」
「あーん」
 チョコレートの包みを開いて差し出すと、嬉しそうにぱくりと食いついた。
「で?」
「しまった!」
「減るもんじゃないし」
 そうやけど、と呻いて頭を抱える。
「俺のチョコレート美味しかった?」
 小首を傾げて覗き込むと、一瞬真顔になって溜息をつかれた。
「美味しかったよこの小悪魔くん。攫われるよ気をつけて」
「悠宇ちゃんは特別だからだよ──って、そんな複雑そうな目を向けないで? キュンてして欲しかったなあ」
「心配なんだもの……」
「既に親目線!」
 とりあえず愛しの悠宇ちゃんと旅の実況報告をしてあげることにした。
『悠宇ちゃんとチョコレート食べさせあいっこ。美味しそうに食べる女の子ってやっぱ良いよね』
『今静岡まできた。富士山見えるよって楽しそうに見せてくる悠宇ちゃん可愛いな』
 会えない彼女のことを教えてあげるなんて、俺ってば超優しい!

 悠宇ちゃんの家に着くと、おかえり、とぎゅうぎゅうと抱き締めてくれて。温かいロイヤルミルクティーを淹れてくれて。その温もりにほんのちょっとだけ泣きそうになったのは秘密だ。研介、研介、と笑ってくれる俺のホゴシャさん。既に過保護が滲み出てる保護者さん。
 俺が絶対に悠宇ちゃんを幸せにするんだ。近くにいないお前が悪いんだからな。

『悠宇ちゃん過保護なくらい、すっげえ手厚い』
 最初こそ少し開いて返事があったものの、メールの大半は無視されたが、悠宇ちゃんのスマホから送り付けた愛情たっぷりツーショットには反応があって本当に分かりやすい。そして悠宇ちゃんは多分気付いてない。謎の独自理論で生きているんだろうな。なんたって推しだし。

「いざ!」
「いざ!」
 二人で意気込み、梅田で戸籍謄本を手に入れてお買い物して。悠宇ちゃんは結婚の実感はないらしく、不思議そうに紙を見つめ、鞄にしまった。
 祝日の人混みはすごいから、とずっと手を繋いでいてくれる。大丈夫なんだけど、これはこれでおいしいかな。軽い物から順にお買い物して、大阪の観光雑誌を買って、行きたいところをピックアップして、これは休憩なのか怪しいなと言いながらタピオカに並んでみて。休みの日はいっぱいお出かけしようね、と約束をする。
 そんなことをしていたら帰宅が遅くなって布団を受け取り損ねてしまい、失敗したなあ、宅急便の人ごめんー、なんて笑って、最後の添い寝で一日を終える。

 眠い目を擦り、それでもいってらっしゃいくらいは言おうと玄関先に向かう。
「研介、お昼ご飯は冷蔵庫にあるから、チンして食べて。時間によるけど、宅急便は宅配ロッカーからの回収でもいいからな。言い訳とか無理無茶しないこと。ちょっとでも困ったら連絡すること。えーとそれから」
「悠宇ちゃん、大丈夫だよ。いってらっしゃい」
「いってきます」
「はーい」
「んじゃ、また夜ね! 食べたいもの考えといて!」
 出かけにまたぎゅっとハグをしてくれる。眩しかったのは、朝日と混ざったのかもしれない。

「元気してるかー?」
「なんだよハギ」
 昼間、悠宇ちゃんが仕事に行ったのでダメ元で零ちゃんに電話すると、待っていたかのような即応答。実はどっかで聞いてたんじゃないかと思ったね。このケータイってそういう機能ついてるのかな。
「悠宇ちゃん、すっげえいい子だな」
「は? 当たり前だろ」
「ベタ惚れかよ。ふーん」
「うるさい」
「目の前でプロポーズしといて今更すぎるぜ」
「流れだ。受け入れろ」
「今はまだ布団届かなくて添い寝なんだけどさ」
「お前は床で寝ろ」
「悠宇ちゃんがそれを許すと思う?」
 にやにやしながら言うと、零ちゃんが盛大に舌打ちした。子供の特権だというのに。
「ま、今朝で終わりだよ。お前さ、どこに惚れたの?」
「あんな懸命でひたむきな女性はそういないだろう。だからお前もいい子って言ったんだろ。最初みたいにキレイだとかじゃなくてな」
「ご明察」
「……妙なことをするなよ」
 低く絞り出された声は切実だ。まったく、旧友に対して信頼がなさすぎる。
「しねえよ。お前さー、言葉足りなさ過ぎてウケるんだけど。全然伝わってないし」
「うるさい」
「てかあの指輪どうしたの? よく手に入れたよね」
「……宝石やアクセサリーの類いは、常套手段だからな。ちょっとした伝手があるんだ。ブルーダイヤがあったのは、正に奇跡だと思うがね」
「チキってんの? ウケる」
 はああ、と溜息をつかれた。
「だって、あの子は白いだろう。ここからどう染まるのかと思うとな」
「お前がそんなに臆病なタチかよ、女々しいなあ。気にしなくともお似合いだよ、ゼロと悠宇ちゃんは」
 ふん、と息をついた。少し溜飲が下がったらしい。いやこいつ照れてるな。
「で? 本題は?」
「んー? お前と電話することが目的だぞ」
「そうか。切る」
「ちょ待てって! ジョーダン! ゼロ関係だとあの子は途端にザルになるからさ、これっていつも通りなのかちょっと気になってね。話して箍が外れたのかどうなのか」
「……そう、か?」
「その段階? まじで言ってる?」
 そうだった。ゼロは変なところで鈍感なんだった。
「いや。優先されてる自覚はあるしそれに甘えているが、正直その理由に心当たりがないんだ。いい彼氏でもなかったし、いい旦那にもなれないのは確実だからな」
 推しだからだろ、などというお節介は焼かないでおいた。これは当人同士でやってもらわねえとな。
「……無理しないか見ててやってくれ」
「おう」
「お前がメールしまくるから、本当に悠宇からの連絡が減るんじゃないかと危惧しているんだが……」
「元からだろ」
 ぐうの音も出ないようだった。
「とにかく任せたぞ、ハギ」
「ああ。それくらいお安い御用さ」
 荻原研介改め、降谷研介。保護者観察の任務を拝命しました。

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