明日を奏でる | ナノ


▼ 抱擁

 私の彼氏は降谷零です。そんな、一億の女にぶっ刺されても納得のいく現状に順応するのは案外早かった。なかなかにメンタルの強い女だったらしい、と他人事のように思いながら紅茶を慎重に啜った。ここは私の部屋。つまりあの部屋。背後に彼氏。胡座をかいた零の腕の中に取り込まれて小一時間も経てば慣れる。慣れた。今まで何度も同衾した関係だぞ。生娘でもあるまいし。お腹に回った腕も、時折首筋にかかる吐息も、とりあえず無視だ。
 さすがの私も一日二日はポアロを躊躇していたが、コナン君からのお誘いには首を即座に縦に振った。零に事前連絡を入れるとポアロの出勤日のようで、少し遅くなるけど退勤後一緒にご飯を食べようということになり、お店で健全に和食を食べて、家まで送ってくれて、ちょっぴり離れ難そうな零を見て誘い、今に至る。部屋に入った途端安室透から降谷零になったのでちょっとどきどきしつつ位置がおかしいと指摘したら、付き合ってるんだから何もおかしくないと丸め込まれた。アクセル全開かよ。急加速はご遠慮ください。
「零」
「んー」
「飲みにくいんだけど」
「そうか」
 彼の姿勢も変わる気配はなく、マグカップをそろりとテーブルに戻した。
「まだ信じられない?」
「……ちょっと」
「あはは、私も」
「真生も?」
「うん」
 ハロー二次元な裏情報で零より信じ難い状態なわけだけれど、トリップして結構経っている分ゆったり構えていられるだけだ。
「もうちょっとこうしてようか」
 零に凭れて体重を預ける。
「私も充電しとかなきゃ」
「僕はバッテリーか」
「ワイヤレス充電機能搭載!」
「時間がかかりそうだな」
 笑って、私の髪を梳く。
「急速充電の方がいい? ハグする?」
「もうしてる。ゆっくりでいい」
 振り返ってキスのひとつでもしてやろうかと思ったけど、まあ、いいか。この時間が充分幸せだし。目を細める。頬が緩んでしまう。気付くなよ。無理か。
「コナン君、すっごい私のこと探ろうとしてたね。ウケる」
「ウケるで流せる君も君だよな」
 零が呆れて溜息をついた。
「だって私は悪いこと何もしてないもの」
 存在は間違ってるけど犯罪はしてない。これははっきりと言える。
「探偵の性なのかな。私っていうか、零の真意を探りたかったんだろうけど」
「あの子は恐ろしいよ」
「正体バレてる?」
 軽い調子で問いかけると、まあ、とすぐ白状した。
「へー、私は何も知らないフリしとこっと」
「そうしてくれ。得意だろ、知らないフリ」
 そう言って、むにむにと頬を摘んでくる。ちょっと痛い。ぺちりとその手を叩いた。
「言わなかったの、まだ拗ねてる?」
「拗ねてない」
「ほんとに?」
「おかげで真生が僕のどこを魅力に思っているかたっぷり聞けたしな」
「うっ」
 痛いところをついてくる。絶対まだ根に持ってるじゃない。
「顔と上腕二頭筋と露草色の瞳と声と──」
「待って待って、え、嘘、なんで覚えてんの?」
 顔を覆う。本人に言われると羞恥で朱が差す。
「そりゃ覚えてるだろ。あれだけ絶賛しておいて」
「でも気付く前じゃない……」
「ブルートパーズのバージョンもあったな」
「おだまりっ」
 後頭部を鎖骨目掛けて強めにぐいぐい押し付けているのに、びくともしない原因は愉快そうに笑っている。腹筋お化けめ。
「照れてる真生、可愛い」
 零の囁きに、背筋を伸ばして声にならない悲鳴をあげた。慣れたとかナマ言ってごめんなさい、と脳内で謝罪の言葉を叫ぶ。一呼吸おいて、ジト目を作って向けた。
「あのねぇ……もう、そういうのどこで学んでくるの。喧嘩して泣きべそかいてるぴゅあなれーくんどこいったの。お姉さん淋しいよ」
「泣いてない」と間髪入れずに指摘された。
「あれ? そうだったっけ?」
 すっとぼけると、記憶を捏造するな、とむくれる。
「まあ誤差かな」
「どこが誤差だ!」
「じゃあ許容範囲」
「外、だ」
「内じゃなくて?」
「僕を泣かせたいのか?」
 零が困惑している。
「ちょっと見てみたいかも」
「残念だったな」
「えーと、目薬はどこだったかなあ。ポーチに入ってるか」
「嘘泣きさせようとするな」
「眠くない? あくびとかどう?」
「そんな微妙な涙でいいのか」
「感動映画見に行こうか」
「真生が泣くところを見せてくれるわけだな」
「中止します。今度玉ねぎみじん切りしてよ」
「言っておくがそんなんじゃ泣かないぞ」
「──で、それでオムライス作ってくれない?」
 きょとんとして、最初からそう言え、と溜息をついてから零は快諾してくれた。
「嬉しい。楽しみ」
 へらりとすると、零がんっ、と異音を発した。
「……何?」
「随分素直だなと思って。そんなに楽しみなのか?」
「当然。お願いします、探偵さん。忘れられない思い出のオムライスをもう一度食べたいんです。今日こそ営業中だよね?」
「休業中です」
「え、嘘、なんで!?」
 裏切られた気持ちでいっぱいだ。今ならいけると思ったのに。見上げればあむぴスマイル。おいその顔はなんだね。説明したまえ。
「じゃあこの依頼はどうすればいいの……?」
「そもそも探偵をなんだと思ってるんだ?」
「複雑に入り組んだ現代社会に鋭いメスを入れ、様々な謎や疑問を徹底的に究明するやつ」
「え?」
 伝わらなかった。こっちも似たような番組あるじゃん。見てないか。見てなさそうだな。
「隠された事実を調査するのが探偵だ。だからオムライスの再現を頼むべき相手は探偵じゃなくて、もっと適切な人がいると思うがな」
「……彼氏?」
「正解」
 にぃ、と満足気に笑んで頭を撫でて褒められた。この男、そのうち安室透に嫉妬し始めそうだな、なんて思っていると噛み付くようにキスされた。くすくす笑いあったところで、おそらく風見さんから電話がかかってきて無事お流れとなった。これぞ降谷零って感じがしてこっそり笑ってしまった。

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