明日を奏でる | ナノ


▼ 疑惑

 東京都は米花、その商店街の一角に店を構える喫茶ポアロ。その常連客の真生さんに勧められた推理小説をちょうど読み終えた。感想交換ついでに会おうかな、しばらく顔を合わせてないし。真生さんならホームズの話を聞いてくれるし。そんな雑談を夕食時にすると、蘭が「実は今日ね」と切り出し、大はしゃぎで安室さん逆襲の話を始めた。
「ついに真生さんの恋が成就したのかなあ」
 潜入捜査官の仮の顔である安室さんが客と付き合うわけねーだろ、なんて率直な感想は口が裂けても言えない。沈黙を選んで米を口に運ぶ。そんな暇あるはずがない。
「二十年も待たせた、だもん」
「それ真生さんが言ったの?」
「ううん、安室さんだよ」
 長年の恋かあ、なんて蘭はうっとりとしてみせ、おっちゃんはどうだかな、なんて嘯く。全く信じていないようだ。まあ「安室透」の時点で二十年はおかしいから、多分真生さんが騙されてるな。本当に安室さんの──降谷零の知り合い、なんてそれこそ有り得ないか。残る可能性は、まさかまたベルモットの変装だったとか!?
「もう、コナン君までそんな顔して! 素直に祝福しようよ」
「え、あっ、でもまだ分かんないんだよね?」
 そんなことを言えば、今度会う時に聞いてみて、とお願いされるのは当然の流れだった。



 数日後の夕方、ポアロで真生さんと待ち合わせをした。少し前の時間を狙い、店に入る。窓越しに今日の店員の姿を確認し、ドアを開けた。
「こんにちは、安室さん」
「こんにちは、コナン君。そこのテーブルの席でいいかな?」
「うん!」
 妙だな、と思ったが顔には出さず、にこりと笑って席に向かう。示されたのは窓際から二つ目の二人がけの席だ。空席はカウンターに一席が二箇所、今座っているテーブル席、それから四人テーブルだ。人数も聞かず、カウンターではなくこの席を勧めてくるのはおかしい。となると、今から真生さんと待ち合わせであることを知っていると考えれば辻褄が合う。オレの記憶より親しくなっているのは本当かもしれない。
 だとしたら、安室さんはどういう目的で真生さんと親しくしているんだろう。くどいようだが、もちろんこれは真生さんを貶しているわけじゃない。
 ったくよー、なんでオレはこんなことやってんだか。溜息を飲み込む。わざわざ約束前に来て、真生さんが店に入る時、安室さんと顔を合わせた時のリアクションの確認なんて。自分で決めたのに少し恨めしく思えてきた。蘭も、どちらかに直接聞けばいいだけの話のはずだ。待ち合わせまでの十分弱をどうしたものかと時計をみやったところで、ドアベルが客の来店を知らせた。
「こんにちは──あ、コナン君」
 仕事終わりらしいオフィスカジュアルな格好の彼女はこちらにすぐ気付き、にっこりと微笑んで軽く手を振った。
「いらっしゃいませ、真生さん」
「こんにちは」
 安室さんに微笑みを返して、すぐにオレの前に陣取る。
「早いね。もう注文した?」
「まだだよ」
「何にする? アイスコーヒー? 私はアイスコーヒーにチョコケーキもいくけど、どうする?」
「……じゃ、ボクもアイスコーヒー」
「ケーキは?」
「うーん、やめとく。時間も時間だし」
「そっか」
 真生さんが安室さんをアイコンタクトで呼ぶ。
「アイスコーヒー二つとチョコレートケーキください」
「かしこまりました」
 スムーズに注文し、以上で、と言ったのに安室さんは動かなかった。見つめ合う二人を前に沈黙すること数秒。
「真生さん、今日は言ってくれないんですか?」
「言わないけど? 透、真面目に働いて」
 呼び方。口調。真生さんの方が立場が上みたいに聞こえて瞬きをした。安室さんの方が歳上なはずだし、惚れた弱みがあるのは真生さんのはずだ。一体いつの間に力関係が逆転していたというのか。真生さんは具体的をあげようと店内をぐるりと見回したが、どのテーブルも食べかけ飲みかけであることに気付き、あららと首を掻く。
「言ってくれたらすぐに頑張って働きますよ」
「オーケー、私の視線の全てが告白ということにしようか。これで万事解決。おめでとう」
「ホォー、一体一日何人に浮気するつもりですか?」
「視線案を棄却しました」
「もう少し内容を詰めてから提出してください」
「名案だと思ったのになあ」
「ええ、迷案ですね。その場の適当な思いつきでしょう」
「なんか今変換おかしくなかった?」
「いえ、おかしくないですよ」
 応酬はいつも通りリズム良く、けれどいつもと内容が異なる。
「えーっと、安室さんと真生さんって……」
「付き合ってるよ」 
「え」
 あっさりと安室さんが答え、真生さんが照れたようないたたまれないような、なんとも言えない複雑な半笑いを浮かべる。
「恋人。彼女」
「言い換えなくてよろしい」
「真生さんに口説き落とされたんだ」
「違うよね!?」
「おや、告白はみなさんが証人でしょう?」
「いつも告白はしてたけど!」
 真生さんは窘め、噛みつき、羞恥に顔を覆って、安室さんがにこにこと満面の笑みで弄んでいる。肩透かしをくらった気分だ。
 一体何やってんだ、潜入捜査官。

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