何もかも苛立つ。
挫けても立ち上がり、全てを受け入れ気丈に振る舞う大人ぶった少年の姿が。
対して常に自分を守る為の逃げ道ばかり探している子供のような自分の姿が。
守るどころか守られている。居場所も与えてくれる。
何度目かの再会を果たした時、出会ったばかりの頃のジュードの弱さはもう無かった。
ミラと再び出会う為に仲間達と共に立ち上がった彼の顔に迷いは無く、瞳は真っ直ぐと希望の未来を見据えていた。
無垢、無謀。
どの言葉も当てはまるが、当てはまらない。
ただ一つだけ分かるのは、自分が少年とは全く異なる汚い大人だという事実のみ。
「アルヴィン」
彼が自分の名を呼ぶ声は、何故あんなにも綺麗な声をしているのだろう。
ぱたぱたと軽い足音と共にジュードが近付いてくる。常夜の都の淡い光が幼さを残しつつ立派に成長した顔を柔らかく照らしている。
「もう夕飯が出来上がったみたいなんだ。宿に戻ろう」
「ん…分かった」
何の用かと思えば、少年は律儀に夕飯が出来た事を知らせに来たらしい。
勝手に出歩いたのが原因で食いはぐれたのならばその人間のせいだというのに、本当に律儀である。
まあジュードがわざわざ自分を探しに来た目的は他にもあるのだろう。寧ろそちらが本当の目的だとしても驚きはしない。
ベンチから立ち上がった自分の顔を見上げ、ジュードの口元がむずむずと小さく開きかけている。予想通り、何か言いたそうである。
「その、アルヴィンにも自分の時間があるのは分かってるけど」
「また一人でどっか行く時間が多くなった――か?」
大方予想通りだった。遮るように放った言葉にジュードは気まずそうに蜂蜜色の目を逸らした。
戸惑うように、気まずそうに彷徨っていた視線はもう一度こちらへと定まったが、どこか不安そうにも見えた。発言を後悔しているのかもしれない。優等生は今日もお優しいことで。
「優等生が心配しなくても、別に裏切りの準備なんかしてないぜ」
我ながらなんて説得力の無い言葉だろう。
そう言ってまた彼らを傷付ける行為を何度繰り返しただろうか。
悲しいことに、裏切りと嘘はもはや自分を守る為には無くてはならないものになっている。そんなものなど一々数えていられない。
だから彼らがまた一人で過ごす時間が増えた自分を疑っても仕方無い。
ジュードに言った通り、もう本当に彼らを裏切るような真似はしない。そう言ってももう誰も信じないだろうが。
ジュードが慌てたように口を開いた。
「違うよ、ただアルヴィンが心配で」
――ああ、また。
きっとこの言葉に偽りは無いのだろう。
本当に仲間として心配してくれている。共に過ごした時間が長いせいで分かってしまう。
この少年はどこまでも優しく、そして甘いのだ。嫌いな人間に居場所を与えてくれるほど馬鹿で、甘い。
優しさが煩わしい。
弱く狡い自分が浮き彫りになる。そして苛立ち、また優しさを跳ねのける。自分の心は歪んでいる。
「――その甘ったるい優しさで、おたくは何回傷付けられた?」
気付けばそんな事を吐露していた。低い声。ジュードの表情が強張る。
近くのベンチに座り子供と首都の光を眺めていた母親が、子供の手を引いて早々とどこかへ消えてしまった。
あのように母親に手を引かれる事はこの世界に落ちてから一度も無くなった。そしてこれからも無い。
「傷付けられたなんて、そんな」
「無いとかふざけた嘘吐くなよ」
レイアからジュードの昔の話は聞いた。
お節介でお人好しな性格が余計な反感を買って、同年代の子供に痛めつけられた事。心に傷が付かなかった訳が無い。
損な性格だ。偽善者と呼ばれても、少年は自分の性格を変えるつもりはないのだろう。
吐き出す言葉が止まらない。苛立ちは自制心を壊していた。
「嫌いな人間にまで頑張って優しくする必要は無いっつってんだよ、優等生」
――ああ、俺は何てことを。
最低だ。ジュードの気遣いを踏みにじった。
嫌いで仕方無い人間を傍に置いてくれた優しさを全て否定した。
これで完全に自分に愛想が尽きただろうか。否、もう既に尽きていたかもしれない。
これで自分という重荷を捨ててジュードの自由で好きなようにしていられるだろうか。
ジュードが俯き石畳の上にその視線は置かれる。細い肩が僅かに震えている。
怒ればいい。今度は気が済むまで殴ればいい。それだけでこれまでの分が清算されるとは到底思えないが。
「―――、」
―――えっ。
仰いで自分をきつく睨んだ顔。少年が見せた表情は怒りの滲んだ表情でもなければ、ましてや喜びでも無かった。
「――――ばかッ!!」
夜天までも劈くような大声。
走り去った少年の表情は今にも泣きだしそうな、まるで幼い子供のような表情を浮かべていたのだ。
反射的に伸ばした手は届かなかった。小柄な身体はあっという間にこちらを見ていた人集りの中へと消えてしまった。
中