「ジュード」
ぐったりと倒れた細い体躯を抱き起こせば、それは氷のように冷たかった。
滑らかな肌の上に何かが乾いてこびついたものがある。周囲に漂う独特の臭いの原因であると考えられるこれは、恐らく。
虚ろな瞳で少年の視線が暗闇と目の前にある顔を行き来する。
定まらない焦点にもう一度名前を呼べば、乾いた唇の隙間から掠れた声が零れ落ちた。
「アル、ヴィン…?―――ッ!」
仲間の姿を認識した少年が見せた表情は安堵ではなく動揺だった。
自分を支える腕を振り払うように身体を動かされれば、捕まえる間も無くジュードは再び冷たい床の上へと転がった。
「ジュード。落ち着け、俺は何もしない!」
あまりの恐怖に混乱し、仲間すら恐怖の対象になってしまっているのかもしれない。
腕に力が入らないのか身体を起こすことも出来ずに、ただ床の上で目をきつく瞑りながら震えている。
だからといってこのまま放置する訳にもいかない。
もう一度起こそうと静かに距離を縮めると、唇が僅かに動いて何か言葉を紡いでいる事にアルヴィンは気付いた。
「…い、で――…見ないで…」
うわ言の様にジュードは何度も何度もその言葉ばかりを呟き続ける。
強姦者達が傷付けたのは少年の身体だけではなかった。心までも引き裂いて彼を苦しめている。
こんな酷い目に遭った自分の姿を少年は決して誰にも見られたくなかったのだろう。仲間なら尚更かもしれない。
抵抗する力は一度きりしかなかったのか、もう一度抱き起こしても逃げようとはしなかった。
アルヴィンは自分が羽織っているコートを脱ぎ、一糸纏わない少年の身体をそれで包み込んで抱き上げる。
「っ…!」
「大丈夫。大丈夫だからな」
見てないから、と腕の中でコートにすっぽり包まれた身体を軽く抱き締める。
震えが止まらず今にも泣きだしそうなジュードを「大丈夫」と何度も繰り返し宥めて、暗闇の路地裏から抜け出した。
彼の「仲間の誰にも見られたくない」という気持ちを汲んで宿屋の裏口から入り、仲間が取っておいてくれた自分達の部屋へとこっそり入る。
ミラ達はまだ心配して宿屋のロビーで待っているかもしれない。
それもジュードにとって本意ではないだろうと、宿屋の主人にローエンへと軽い伝言を頼んだ。物分かりの良いローエンならばきっとミラ達にも上手く誤魔化してくれる。
彼を信用し、アルヴィンは残りの「処理」に専念する事を決めた。
部屋に取り付けられたバスルームへジュードを運び、コートを脱がせる。
照明下では薄暗がりの中では見えなかった生々しい痕がはっきりと晒され、ジュードは自らのものに息を呑んでいた。
アルヴィンは皮の手袋と長いスカーフを取り払い、着慣れたシャツの袖をやや乱暴に捲る。
ジュードはその挙動に小さく首を傾げたが、アルヴィンの手が次にシャワーノズルを掴んだ時点で理解し、慌てて首を振った。
「アルヴィン…!いいよ、僕が自分で」
「何言ってんだ。自分じゃ身体起こしてもいられないのに」
「でも…アルヴィンの手が、汚れる」
さっきのコートだって、とジュードの声は震えていた。
「――こんな時に他人の心配するなよ、馬鹿」
ぬるい湯が白濁がこびりついてしまった身体を清めていく。
大きな手のひらが頬や身体を撫でて汚れたものを落としていく感触に、ジュードはいたたまれずに視線を右往左往させていた。
気恥ずかしさに時折身を捩る少年の姿に、アルヴィンはぬるい湯で温まった頬に指を滑らせて小さく笑う。
「恥ずかしいなら目でも瞑ってな」
「……うん」
ジュードは素直に頷いて瞳を閉じた。
行き場の無い手は縋るようにアルヴィンの服を力無く掴む。指先から滲んでいた赤い血が付着したがアルヴィンは気にならなかった。
体勢を変え、双丘の奥にあるものに指を伸ばせばジュードの身体は大きく跳ねた。腕の中で首を振って嫌がった。
「やっ…!アルヴィン、そこ…っ」
「ちょっと我慢してくれ」
一言だけ残し、指先が蕾を割った。
ジュードの口から切なげな喘ぎが漏れたが、構わず奥へ侵入を進めて奥にあるものを掻き出す。
どろりと熱い白濁が際限無く太腿を伝って出て行き、排水溝へと呑み込まれていった。
――こんなに、こんな子供に。
具体的な数は覚えていない。だがあの場所にいた男達は全てこの少年を性欲のはけ口として利用した事に間違いは無い。
泣いても叫んでも解放を許さず、自分たちが満足するまで延々と、何も知らなかった少年を凌辱し続けた。
許せない。きっと何度銃弾を撃ち込んでもこの怒りが収まる事は無いだろう。
「っ、ふぇ…、っく…ごめんなさい」
ジュードの口から嗚咽が漏れ始めた。この処理行為で記憶が戻ってきてしまったのかもしれない。
遂に泣き出してしまったジュードの頭をもう片方の手で自分の肩口へと抱き寄せて宥めた。
「何でおたくが謝んの」
「…ごめん、なさい。ごめんなさい…」
「ごめんな、すぐ終わらせるから」
全て出し終え指を抜きもう一濯ぎ身体を清めさせた後、バスタオルに包んでベッドへと寝かせる。ふかふかとした布団の上にまだ濡れた身体が沈んだ。
蜂蜜色の瞳からは尚も涙が溢れ続ける。いくら拭ってやっても目尻を伝って枕を濡らした。唇は謝罪の言葉を紡ぎ続ける。
「おたくは何も悪くないよ」
悪いのは全て大人だ。子供を絶望へと叩き落とした大人も。子供を守れなかった大人も。
「だからな、全部忘れて良いから」
頭を撫で、瞳の綺麗な色を隠すようにアルヴィンは自らの手のひらを優しくジュードの目元へと被せた。
間も無く過度の疲労のせいかジュードは泣きながら眠ってしまった。
自分の替えのシャツを彼に着せて布団を掛ければ、微かな寝息だけが残った。
窓の外にはすっかり闇夜に溶けた町がある。
時刻は夕飯時。別室にいる仲間達もさぞ腹を空かしているだろう。だが少年は決して料理など出来る状態ではない。
この出来事が少年にどれだけ大きな影響を与えてしまったかはまだ分からない。
だが、少なくとも彼が穏やかな朝を迎えることができるように、心の底から祈った。