14論
「やっほーちゃん!!元気してるぅー!?」
ぱっ、と目の前にどアップで現れた白に、俺は驚きを通り越して硬直した。
白が離れると、ようやく周囲に意識が向いて、再び脳が停止する。
何だこの謎空間。俺、布団に潜った後どうしたっけ。
冷静になって認識出来たそれの正体は、何時か出会った擬人化アルセウスだった。
ふんふん。つまりこれはあれだな。夢の中で神様が現れるとか言うやつだ。
アルセウスは、お察しの通り!と相変わらずのハイテンションで頷いた。
「でさー。何で僕がわざわざ君の前に現れたかっていうと、君の特典の特殊条件が発生したのと、君の体の異変について一応伝えとこうと思ったんだよね」
「うん?特典の特殊条件って…もしかして俺が若返った事と関係があったり?」
「そう思うっしょー?今回は無いんだなー、それが!ざっと見た感じ、ラルトスのテレポートとセレビィの時渡りがごちゃ混ぜになった状態で、ディアルガの領域に衝突した影響とか多分そんなんじゃねーの的な」
「うわあ」
ラルトスに指示したあの瞬間、セレビィも近くに居たのか。全然気付かなかった。
で、偶然に偶然が重なった結果がこれという訳か。
「全く、調整が面倒だったぜ〜。君の体勝手に弄っちゃったけど許してぴょん」
「…えっ、は?何してんだお前」
「別に変な事はしてないよ〜?君が元の年齢に戻るまで成長が早くなるってだけ。それが終わったら早送りした期間分成長止まっちゃうけど、寿命に影響は無いから気にしないでね。まあ元気なままポックリ死ねると思えば得じゃん?」
「ああ、ううん…?じゃあ問題無いのかなあ」
時間の歪みを直す為と、若返り特典無いのに不公平だからついでに戻しとこう、と判断した結果、こういった処置になったらしい。成長が止まるのも、それに掛かる時間を前借りする事になる為で、身体への影響は無いようだ。
ちなみに急激に成長させようとすると、それはそれで時間が歪むのだとか。
だからこれ妥協点なんだよ、とアルセウスはぼやいていた。神様は大変だねえ…。
「で、本題の特殊条件の方ね。君の特典…『スローライフ』ってそれひとつで結構強力でさ、僕も初の試みだったんだけど、今後もそういう条件が提示されないとも限らないから裏で色々調整してて…」
ひとつ、俺がトリップしてから60日間、旅に出ていない…言い換えれば、あの島を一度も出ていなければ、その間は身の安全が保証される。
何故旅に出たら無効になるのかというと、旅には危険が付き纏うものだから、旅に出た時点でその辺の覚悟は出来たと看做す為らしい。
けれど、旅に出ないのを何時までも見守っていたらキリが無いので期限を設ける。
ひとつ、安全の確保を担当するのは、アルセウスの指示に瞬時に応じる事が出来るポケモン…伝説ポケモンの中からランダムで選ばれる。
ちらっとセレビィの時渡りの話が出ていたが、今回の場合はそれだ。
テレポートが成功しなかったのも、嵐が発生する数年前に飛ばされた所為らしい。
ひとつ、これが適用されるのは、放っておけば確実に死に至る場合のみ。
つまりあのまま行くと、俺は溺死していたらしい。あの子達にまで何かがあったと思うと背筋が冷える。セレビィは俺だけじゃなくて、あの子達の命の恩人だ。
ちなみにこの保証は一度きり。次は無いと言う事だ。
「実はあの時期、ホウエン地方でマグマ団とアクア団って組織が活動しててさあ。寝起きのグラードンとカイオーガが暴れまくったお陰で、ホウエン以外でも天候がぐっちゃぐちゃ!そりゃあもう酷くてさー」
「へえ。あの被害ってホウエンの一部だけじゃなかったんだ」
「僕も思ってたより大規模になってて吃驚したよねー!まあ、何でかって言うと、主人公が負けちゃった所為なんだけどさ」
彼等にもどうにも出来なくて、バッドエンドを迎える世界線、割とあるもんだよ。
どうでも良さそうに、アルセウスはけろりと零した。
「あは。まあ、タイムパラドックス的な問題は起こらないよ。あの島のポケモンは皆、その日が来ればちゃーんと君の事思い出すからさ!」
そんじゃ!と手を振って、アルセウスは一瞬で姿を消した。
それと同時に、強い眠気が襲い掛かってきて、体から力が抜けていく。
耐え切れずぐらりと傾いて、衝撃を感じる前に俺の意識は沈んでいった。
気付けば、昨日も見た白い天井が目に入った。
窓の外は少し薄暗い。寝る前は真っ暗だったから、夜明け直後と言ったところか。
ひとまず身を起こすと、水差しの中身が増えているのに気が付いた。
俺が寝てる間にも誰かが訪れていたらしい。博士か、ジョーイさんかなあ。
「ぁ、あー、っあ、んんっ、まだびみょーくさぃ」
喉が引き攣って声は小さいが、喋れない事も無さそうだ。
うがいを数回繰り返して、水差しの中身を入れ替える。
窓の外をキャモメが飛んでいくのが見えた。海の方から来たのかなあ。
窓脇に椅子を持っていき、しばらく外のポケモンを眺めた。
こんこん、ノックが響く。
開かれた扉から、ひょこりと砂色が覗いて。
「びぃっぶらぁぁ!!」
「っぉ、う!!」
「らるるー」
どすん、と全力突進されて椅子が揺れた。言うまでも無くビブラーバだ。
ぐりぐり頭を押し付けてくるので、心配掛けてごめんねえ、と何度も撫でた。
後から小さな足をひょこひょこ動かして、ラルトスも擦り寄ってくる。
ああ、うちの子可愛い。癒される。
ジョーイさんと博士からは物凄く微笑ましい視線を送られていた。
俺が見た目は子供だからですね解ります。頭脳は大人なんですよー。
「ふふ、良かったわね。その子達はもう元気いっぱいよ」
「、ぃ。ぁりあとうごぁぃま、っけほ、う」
「らぁぶっ」
「あらあら、まだ無理しちゃ駄目よ。薬を持ってきたから飲んでね」
ハピナスが錠剤を二つ差し出してくれた。コップに水を注いで一緒に飲み込む。
二匹が凄く心配そうに俺を見つめてくるので少し飲み辛かった。
「こまめに喉を潤せば、明日には治っている筈よ。他に後遺症も無いみたいだし、もう退院しても大丈夫なのだけど…」
困ったように頬に手を当てるジョーイさんに、俺は首を傾げた。
ラルトスに頼んであの島に帰ろうと思っていたから、別に構わないのだが。
多分小屋は無くなってるんだろうけどなあ。どのタイミングで出来るんだろう。
あ、場所によってはそもそもテレポートの範囲外だったりするかも。ううん…。
「――ウム」
悩んでいると、ナナカマド博士が神妙に頷いて、一言。
「君の事はしばらく私が面倒を見ようと思うのだが、どうかな?」
えっ。
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