自由主義者の欄外余白 | ナノ

13論


「んん…?ありゃあ…おわっ!?」

「おっ、おおーい!!誰か手伝ってくれ!!人が倒れてる!!」



――知らない天井だ。なんてねえ。
一度は言ってみたい台詞だけど、まさか実際に言える場面が来るとは。
等とぼんやり考えながら、ゆっくり頭を覚醒させていく。

川に落ちる直前、ラルトスにテレポートを指示した事までは覚えているのだが。
今俺の目に映る病院のような白い天井は、俺の住むログハウスどころか、あの島の何処を思い浮かべても少しも結びつかなかった。

俺は何処かの誰かのベッドを占領させてもらっているらしかった。
濁流の中に揉まれた割には、張り付くような気持ち悪さは感じない。

「気が付いたか?」

部屋を観察していると、ゆっくり開かれた扉から声が掛かった。
現れたのは、老人の持つ白い髪や髭とは裏腹に、体格の良い男性だった。
厳格なオーラを纏うその立ち姿は、何処か見覚えが有るように思う。
ともかく、この人に俺は助けられたのだろうと、口を開いて。

「――――、……っぁ、?」
「ああ、無理に話そうとせずとも良い。海水でやられているのだろう」

海水…というのはさて置き、川に沈んだのは事実なので頷いておいた。
聞くと、近くの浜辺で俺が倒れているのを、この町の青年が発見したらしい。
前にあの島を見渡した時は、他に人が居そうな場所は見えなかったんだけどなあ。
咄嗟にテレポートした所為で標準を定めきれず、変な方向へ飛ばされてしまった、なんてベタな話だけど…うん、有り得そうだ。

男性は水差しとコップをサイドテーブルに置いて、近くの椅子に腰掛けた。
一度自覚すると、無性に喉が痛く感じる。水は有り難く頂いた。

「私はナナカマド。此処、マサゴタウンでポケモンの研究をしている」

思わず一瞬硬直する。不自然にならない程度にコップの中身を飲み干した。
確かにこのキリっとした感じ、ナナカマド博士だよねえ。お髭が立派ですねえ。

「君のポケモンは今、別室で休ませている。安心しなさい」

ああ、姿が見当たらないと思ったが、二匹もちゃんと一緒に流れ着いていたのか。
詳しく訊くと、此処はポケモンセンターの一室らしい。成程、病院っぽい訳だ。
二匹の方も大事は無いと解ってほっと肩を撫で下ろした。

ちなみに博士が此処に居るのは、俺を発見した青年と、助けを呼ぶ声に飛んできた研究所の人達が、俺達を運んだついでに看病もしてくれていたからだそうだ。
ううん…俺、すっかり患者っぷりが板に付いてきた気がする。なんてねえ。

「君と君のポケモンの調子が戻り次第、君が居た場所まで送り届けよう」

何から何まで、と言いたくなる台詞に、けれど困ったと眉を下げる。
俺はあの島がどのあたりにあるのか全く解らないのだ。
つまり、ラルトスがテレポートで移動出来ない限り、俺は帰れないのである。

サイドテーブルにメモ帳があったので、筆談でその旨を伝える。
普通に日本語で書いたつもりだったのだが、何故か奇っ怪な記号になっていた。
そういえばこの世界、アニメみたいによく解らない文字が使われていたんだった。いやあ、今の今まですっかり忘れてたよねえ。使う機会も無かったし。

「トレーナーカードは持っているか?」

俺は首を横に振った。嵐で置き去りにされたあのカードは、今も棚で眠っている。
家族や連絡先も訊かれたが、ポケモンとの通信なんてさすがに無茶振りだろうし、そもそも無人島に便利な連絡手段がある筈も無かった。
どの質問にも首を振るしかない俺に、博士が難しそうに唸る。
そりゃあそうだ。自分の住所も連絡先も解らない人なんて滅多に居ないよなあ。

「…、」

お気遣い頂き有難うございます。帰り道は、自分で何とかします。
これ以上博士を困らせる訳にもいかないので、そうメモに綴って苦笑いした。
博士は何処か気が進まないようだった。ううん、その優しさは有難いけど。

沈黙が落ちて、場を繋ぐように水を継ぎ足すと、少し控えめなノックの音。
博士がそれに応えると、ピンク髪のナースさんが入ってきた。
おお、これがジョーイさん。ハピナスも一緒だ。可愛いなあハピナス。

「あら、目が覚めたのね!良かった!」
「…、」
「…喉を痛めちゃったのね。砂塗れだったし、あのままだと更に冷えてしまうから体だけ拭いたのだけれど、どう?他に痛む所や気持ち悪い所はある?」

ジョーイさんの言葉には笑みを作る事で返した。
俺やビブラーバ達が元気になるまではこの部屋に居て良いそうだ。
個室の風呂場等もあるようで、替えの服を置いて行ってくれた。

「このまま話を続けるのもなんだろう。私は一度うちの研究員に君が目覚めた事を知らせてくる。君はゆっくり体を休めると良い」

ナナカマド博士も部屋を後にして、俺は一人部屋に取り残された。
ビブラーバ達の様子も気になるけど…ジョーイさんには念の為しばらく安静にって言われちゃったんだよねえ。助けてもらった身で、勝手に外を彷徨くのもなあ。
…んん、とりあえずシャワーだけでも浴びよう。髪がごわごわする。

ふらふらとベッドから這い出して、タオルと服を拝借した。
まだ本調子じゃないのか、足が縺れて転びかける。
何だか全体的に体が動かし辛いような。やっぱり風邪でも引いたかなあ。
シャワーを浴びたらすぐに布団に戻った方が良さそうだ。

服を入口の籠に寄せて、ふと、風呂場の洗面台に目が止まる。
違和感を感じて、鏡を凝視した。

「…、……?」

――――俺、若返ってないか。

うん、間違い無い。無人島に居た時は、ちゃんと今までの俺だった筈。
揺らめく水面ではっきり見えなかったとは言え、毎朝綺麗な川を覗いていたのだ。
手足が動かし辛いのは、全体的にリーチが短くなった所為だろう。

それにしても、目が覚めたら…体が縮んでいた!とか、何処の小学生探偵だ。
いや、多分、見た目的には中学の頃だと思うが。
成長期が中々来なかった当時は、年下に見られる事が多くて地味に気にして――

――博士が妙に複雑そうな顔してたの、この所為か。オッケー。

若返りの原因なんて、いくら考えてもしょうがないよなあ。うん。
投げやりになった俺は、無心で風呂を済ませ、体を温める事に集中した。



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