第7話「消息」01 
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「えへへっ、おおきに!」
 嬉しそうな笑顔で羊羹を一切れ口に運んで感嘆に震える志乃。煉が微笑んで万理を見上げた。
「ありがとうございます」
「いえ、喜んでもらえてよかったです」
「あたし羊羹めっちゃ好きやねん。万理君は?」
「僕は……基本好き嫌いがほとんどないので、そうですね……あ、飴は好きかな」
「飴ちゃん? どうしてなん?」
 志乃が不思議そうに聞き返せば、万理は曖昧に笑っている。
「え、えっと……勉強しながらでも食べれるから、ですかね」
「へぇー、やっぱり万理君偉いなぁ、ずっと努力してるんやね」
「そ、そんな事……」
 デジャヴ。
 いったい誰がそんな言葉を考え付いたのだろう。過去の人間に問いかけたくなるほど、見覚えのあるような気がする万理のしどろもどろ加減に、隻はそっと視線を逸らした。響基がほのぼのと笑っていて、止めておけと言うべきか否かで頭が揺れる。揺れるけれど、海理がいる手前、下手な事を言って勘付かれでもしたら、志乃ではなく万理がかわいそうだ。
 そもそも万理はまだ……。
『政、今日は仕事ないんだろ』
「ん。フリー」
 こっくり頷いた青年に、隻は「え?」と驚いてしまう。響基も意外そうな顔だ。
「政和さんと海理って、ペア組んでたの? ――あ、そういえば一昨日言ってたか」
『正確にはオレと政と天理。んでもって将太とヨシ子と紀美だな』
 紀美という名前に、隻は耳を疑った。
 食事にかにかまが出る度、政和が持っていく仏壇。千理が手を合わせる度に出てきていた名前だ。
 確かその人は、翅に関わる事件で亡くなったと、本人が言っていた気がする。
『ヨシ子は情報収集が取り得つっても、入ったのは最近なほうだ。天理にはまだ言ってねーけどな』
「あれ、まだ言ってなかったの?」
 ヨシ子が自前のタイ焼きを配りながらきょとんとしている。万理が苦い顔でそっぽを向いたではないか。
「兄さん達、連絡ずぼらすぎますよ……」
『いつでも会えるしいいだろって思ってたんだけど』
「よくないだろ」
 隻と響基、複雑な顔で突っ込んだ。連絡不足には嫌というほど覚えがあるだけに。羊羹を食べ終えた志乃がタイ焼きをもらって顔を輝かせていて、万理が茶を忘れていたと走っていっても、なんとも言えなくなった。
 そこに茶沸かし用のポットがあるのだけれど。
 途端に響くリズミカルな地響き――いや違う。リズミカルなステップに、隻は頭を抱えた。
 なんだろう、凄く覚えがある。もの凄く耳も目も逸らしたくなるほど覚えがあるというか、嫌なものが来る予感しかしない事こそがデジャヴというか……!
 だからこそ、響基の顔が花開くように輝き始めた瞬間、あの当時は殴りたかった翅が今いないだけにど突きたくて仕方がない。
「たっだいまっすよー! ひゃっほーマイハウスさいこぉぁぁぁあああああぃや――ふぅっ!?」
 叩き飛ばされた。誰がと言えば、帰ってきた人間が。何にかと問われれば、バスケットボール三つに。
 肩で息をしてまで、投げ飛ばした体勢のまま苛立ちを募らせる隻に、響基もいつきも微動だにしなくなっている。
「……な、なんで? 隻どうした?」
「なんか分からないムカついた!」
「なんで!?」
「……とんだとばっちりだな」
 障子の開いた隙間から、翅が恐る恐る顔を覗かせた。
「……ただいまー」
 ……。
 また一人ひょっこりと顔を覗かせた姿に、響基が咄嗟に隻にしがみついて動きを封じた。縁道の笑顔が朗らかな空気を、自分の周囲にだけ作り出している。
「ただいまーうわー帰ってくるのこんなに早いの何年ぶりだろねー」
「ねー」
「ん……お帰り」
 タイ焼きを飲み込んで親指を立てた政和以外、誰もコメントできなかったという。


「あーそういえばあったな。独房で反省が終わった千理が、隻さんの苦労も知らないで扉開けて、バスケットボールで吹っ飛ばされたの。いやー懐かしい懐かしい。去年だよなーそういえば」
 ああと納得して視線を逸らしていく一同。翅に頷いた隻は、しかしその後の口の動きにまたバスケットボールを用意する羽目になる。
 じんめんけんなつかしいなーごめんなさいっ。
 よしと頷いて、ボールをしまった。翅の顔が真っ青になっている隣、一緒に帰ってきた縁道は朗らかに笑って「怖い怖い」。明らかに怖がっていない。
「じゃあその時よりボールの数増えたんだ?」
「増やした」
「そっかあ」
「特別サービスかぁ」
「やあ天理兄さんお帰りー」
「やあ縁道、翅お帰りー」
「あれオレは!?」
「あれ、いたんだ千理。お帰りー」
 砂利道で蹲ってさめざめ泣く千理を確かめ、天理は海理にサムズアップ。
 海理も返す。サムズアップ。
 隻だけでなく翅も響基も目が冷めた。志乃はタイ焼きに夢中で気づいていないようだが、冷めた。
 こいつら最低だ。
 その最低な二男のほうは、あっさりと部屋に入って即、隻に紙を一枚渡してくる。
「これ、おじさんから。初任務ファイト」
「は!? え、何!?」
 慌てて紙を手に目を見開く隻は、内容を見て眩暈がした。
 座敷童の秋穗との契約と、続けて
「……海理」
『あ?』
「……契約してくださいお願いします」
 海理との契約、ついでに
『やなこった』
「しょうがないだろ多生さんからのお達しなんだよ!!」
 夜、三十三間堂付近で出没しているインプの退治もしくは捕獲をせよ。
 同行者は、万理と結李羽と、やはり海理の組み合わせ。隻の頭の中には漢字二文字しか浮かばない。
 最悪。
「響基と悟子にも入ってるよ」
「え!? 翅は!?」
「帰ってきたばかりだしね。代わりにおれが入って調整しようか。あ、場所は五条通(ごじょうどおり)。夜頃だから準備よろしくね。わー久々ー暴れてこよー」
「止めて!? 洒落に聞こえないよ!?」
「……洒落じゃないな、こいつのは」
「さすがいつき。よく分かってるなぁ」
「……帰るか」
 超最悪。
「うわーかなしー」
「ええっ!? オレには依頼入ってないんすか!?」
「入れるわけないよ、おじさんそこは優しいだろ」
 優しいけど優しくない。


 秋穗は契約に関しては笑顔で了承してくれた。ただ海理は一切お断りと拒否し続けてくれたので、そのまま無理やり引っ張って仕事をこなす事になった。
 だからこそ、げんなり顔にしかなれない隻である。
「これなら千理のほうがマシだよ……」
「千理君、すっごく吠えてたね……あはは」
「本当ですよ、静かに休んでればいいのに」
 結李羽の苦笑いに被せて苛立った声。改めていつもと違うメンバーに、未だ戸惑いが残る隻は途方に暮れた。
 正直、万理には悪いが千理の煩さがないのは逆に調子が狂う。静か過ぎる。
 しかも海理は周辺を警戒するほうに集中し、無駄口を一切叩かないようになっているのだ。これはこれで頭がおかしくなりそうだ。いつも怒鳴り散らすばかりだった隻の立場がない。
 というか、怒るべき相手がいないのは……年長者じゃなくなっているのは……
「微妙……」
「何がですか?」
「いや、色々と……ってか、俺刀も創れないのに平気なのか?」
 万理の足音が止まった。怪訝な顔で振り返ると、愕然として動けずにいる万理の、穴が開くほど見つめてくる目に苦い顔になる。夜闇でも分かる外壁ですら、冷めた雰囲気で隻を見下ろしてきているではないか。
「嘘じゃないぞ……」
「ま、まさか、無機物は……」
「……石ころとボールしか作れてない。因みに石はダイヤモンドだけ」
 炭素だけで構造も正四面体を繋ぎ合わせた集合体に近い形という簡単なものだから、ダイヤモンドは作れるのだ。けれど他の石はといえば、二酸化ケイ素だけのガラスすら作れない始末。
 自分で言うのもあれだが、ここまで想像力が乏しいのは本気で泣けてくる。
 まともに犬を作ろうとしたら人面犬しか出てこなかった。その衝撃が去年ひどすぎて、犬を出そうとしても千理の顔の犬しか頭に出てこず、夢にまで見て恐怖体験日誌が書けそうなほどだったというのに。
 この三十三間堂に鎮座しているだろう仏像と目が合えば、例え仏や釈迦如来であっても、生温かい顔で見下ろしてきそうで気が折れそうになる。
「仏さんにまで『想像力ない』って言われそうだよな、これじゃ……」
「そ、そんな事は」
『ねーな想像力』
「っ、てめえはすっこんでろ!!」
 本当に仏になった幽霊に言われてしまい、蹲りたくなった隻である。

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