第6話「成長」01 
[ 15/83 ]

 カタン
 小さく響く木の音に、隻ははっとして目を瞬かせた。
 神社。
 中央で穏やかに咲き乱れる枝垂れ桜は、随分と葉桜になっているではないか。その木にもたれて眠っていたらしく、慌てて体を起こして周囲を見渡す。
 人の気配は、なかった。
 先ほど眠ったはずなのにここにいるという事は、間違いなく祖父絡みだと分かるのに……
「……じじい?」
 声は返ってこなかった。
 返ってこない代わりに、桜が風で揺れる。
 柔らかく、暖かい風だった。
 怪訝な顔になって立ち上がると、途端に顔へと桜の葉や散りかけの花が当たって思わずしかめっ面になる。枝葉を潜り抜けて社へと出た隻の前に、見覚えのある銀髪の女性を見つけて目を丸くした。
 女性が穏やかに微笑んでいる。
「久しいね、隻」
「……なっ……!」

 別に理由などないさ。君にも覚えはあるだろう? 理由などない感情ぐらい、ね

 信じられないまま見下ろして、落ち着けるよう自分に言い聞かせてやっと、心が静まった。確かに見据える先は、千理の師匠で。
「……あんた、どうやって来たんだ」
「随分と気が抜ける質問だね。私と留華(とめはな)の関係ぐらい聞いただろうに」
 くつくつと笑う女性の言葉に、拳が固まった。
 留華は、生前の――仙人になる前の永咲に宿った精霊だった。
 だから――
「じゃあどうして」
「君の祖父君が忠告したにもかかわらず、まだ首を突っ込みたがっているようだったからね。幻境からでは、ここが干渉できる限界だ」
 幻境から干渉する?
 けれど幻生は、幻術使いに呼び出されない限り、現実にはやってこれないのでは――
 永咲緋謳(ながえざきひおう)は、静かに笑んでいた。神社の土地神と同じ笑みで。
「祖父君には無理を言わせてもらったよ」
「……首突っ込んでるっていうか、突っ込まないと危ないかもしれないから突っ込んでるだけだぞ」
「体に陣が現れたのか」
 耳を疑った。
 まるで初めから事を知っていたような口ぶりで、永咲はただ落ち着いているのだ。
「やはりね」
「……狙ってやがったのか……」
「言ったはずだ。君に天理の魂を埋め込む形になるとは思わなかったと。その言葉に偽りはないよ」
 桜の葉が揺れる。花弁が幾重にも地上に降り落ちた。
 永咲は地面に落ちた桜を静観して、ふと笑んでいる。
「私が常世(とこよ)から戻るまでに、全ての布石が打たれているだろうね。それまでに君達が解決するなら、恐らくはこの件、君達の勝ちになるだろう。君達が手を出さずにいるならば、或いは平和的に終わるかもしれない」
「……手を出さないで、俺達が無事って保障はあるのか」
「ないな。君と天理が命を差し出せば、丸く収まるという意味で言ったつもりだけれど」
 手を出して、君達が勝つとも到底思えない。
 はっきりと口にする女性に、隻は思いっきり顔をしかめた。
 相変わらず人の気に障るような所ばかり言う人だ。
「自分が何者かを知って、君は何も変わらなかった。ある意味で驚異であり、脅威だよ」
「納得するしかないだろ。ほかにしっくり来る仮説もないんだぞ」
「自分の定めを受け入れるなんて、君らしいとは思えないな」
「あんたに俺の何が分かるって? 冗談じゃねえ」
 血で選択を狭められているだとか、定めを受け入れるとか、そういう事に縛られたくないからそう言っているだけなのに。
 確かに納得するしかなかったのは本当だ。それを定めというのなら確かに受け入れている事になるのかもしれない。
 けれどそれが自分らしくないというのかは、別問題だ。
「自分の事も理解しないでこれからをやっていけるんならそうしてるよ。理解してるだけで納得はしてないけどな」
 結局まだ理解しきれていないのかもしれない。一般人であるはずなのに、幻生の血が混じっていただなんて、頭が追いつけるはずがないような事なのだ。
 それでも、もう目を逸らし続けるだけ無駄だから。
「糸先(いとせん)の時も、あのまま違うって思い続けてたらどう転んだって糸先、自分から死ぬ道選んでただろ。そうじゃなきゃ季忌命(トキイミノミコト)に命狙われて危険だっただろうな。――目を逸らしていい時じゃないんだったら、真っ向からぶつかるしかないだろ。ほかに道がないんなら自分で作らなきゃ納得できないだけだ、悪いか」
 永咲はすっと、目を細めた。睨み返す隻を見据え、薄く笑む。
「恐ろしいほどの貫徹精神だね」
「そりゃどうも」
「――留華の枝を使いなさい。君達には扱えるだろう」
 目を見開く隻に、永咲は口に孤を描く。
「ただし、君と天理が幻境に行って、果たして無事でいられるか。それは保障しない。海理のようになっても構わないなら、その目で確かめてきなさい」
「やっぱりあんた、分かってて――!?」
 ざあっ
 桜の花が沢山散った。風が何かを伝えるように吹き流れ、永咲の姿がどんどん薄れていく。
「お、おい!」
「言っただろう、私にはここが限界だと」
 呆れた声音に、隻は戸惑って棒立ちになる。
「幻境への行き方は海理が知っている。あの子に尋ねなさい。――間違っても」
 自分が選んだ道を、自分で放り投げるような事はしないと、約束してくれるならね


「――!」
 勢いよく上半身を起こして、自室で目を覚ましたと気づいた隻はほっと一息ついた。未だ収まらない、耳の中で響く太鼓の音に、首を振って深呼吸する。
 まさか、夢の中でかつての敵と会うなんて思いもよらなかった。確かに永咲と留華がどういう関係なのか聞きはしたが、だからと言って幻境にいるはずの存在がああやって干渉してくるなんて。
「……留華の枝って、言っても……」
 そもそもどう使うと言うのだろうか、あの師匠は。
「せーきー、起きてる? 入るよー」
「起きた。今」
 響基がやってきたではないか。後ろには海理まで。げっそり顔の海理は素早く部屋に入り込み、響基が苦笑いして襖を閉めている。
 ……昨日の件、まだ引き摺っているのだろうか。
「翅からさっき連絡が来たよ。千理がまだ寝てるから、帰ってくるの二時ぐらいになるって」
『レーデン家伝統のダンベル起こしで叩き落せって伝言させたけどよ、あいつ何気に実行してねーらしいんだよな』
 ダンベル起こしって何。
 少なくとも弟にやる起こし方ではないのは、間違いないようだ。突っ込むまいと口は頑なに閉ざした隻だったが、顔が強張る。
 響基が、頭が痛そうな顔で溜息をついて、すっと隻を見据えてきた。
「何か変な夢でも見たのか?」
「――変って言うのとは違うと思うけど……よく分かったな」
「呼吸の仕方かな。あと入る前、留華蘇陽(とめはなのそよう)さんの事も言ってただろ?」
 相変わらず音に関してはプライバシーが通じない青年だ。なんとも言えずに沈黙していれば、海理が眉を潜めている。
『あれから陣は平気か』
「一日で平気かどうか見極めろってか。――多分変わってないだろ。脅すなよ頼むから」
 心臓に悪いったらないとげんなりしてしまう。響基が廊下へと視線をやり、天理が声をかけるわけでもなく普通に部屋に入ってきて――ああと言いたげな顔。
「みんな勢揃いでおそよう」
「おはようだろそれ言うなら――今何時?」
「隻、時計確認しようか」
 十時だった。




[*prev] [next#]
[表紙目次]
back to top
back to main
しおりを挟む
しおりを見る
Copyright (c) 2020 *そらふで書店。* all right reserved.

  
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -