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高校時代、なんの取り柄もないわたしを見つけてくれたのは、一也だった。

「みょうじさん?」
『…御幸くん」

放課後の教室は誰もいなかった。部活のある生徒は部活、帰宅部の子たちも早々と帰って行った。
帰宅部のわたしも、いつもならさっさと帰るのに、その日はたまたま帰らずにボーッと外を眺めていた。

名前を呼ばれて振り返ると、そこには今まで見ていた野球グラウンドにいたはずの人物。

『どうしたの?忘れ物?』

部活中だというのに抜け出してくるなんて相当な忘れ物なんだろう。それほど彼と接点のないわたしでさえも、彼の部活への熱意を知っていた。

「いや、みょうじさんが見えたから」
『…え』
「なんか視線感じるなーと思って見たらみょうじさんだったから急いで来ちゃった」

とても楽しそうに彼は言う。御幸くんのことは、みんな裏があると言っている。確かにそう思わせる笑みを彼はよく浮かべていた。だけど、今のそれは違って見えた。
純粋な、笑顔。

「みょうじさん思ったよりガード固いからさ」
『….なんのこと?』
「あれ、惚けんの?自覚してると思ってた」
『…』

確かに最近この人から、視線を感じるようになっていたのは分かっていた。それが、どう言う意味なのかも。なんとなく、だけど。

『性格悪いね、御幸くん』
「はっはっは、それ本人に言っちゃう?」
汗と泥で汚れた野球ユニフォームが、教室に射し込む夕焼けで綺麗に見えた。

それからわたしたちが付き合うまで時間はそうかからなかった。

そして付き合ってから初めて試合を観に行った。 野球のルールなんてそんなに分からないけど、野球をしている一也はとてもとてもかっこよかった。
こんな人が、どうしてわたしなんかを。

一也は性格に難はあれども顔はとにかくいい。
一緒に並んで歩いていると、"あの人が彼女?""普通すぎない?"何て言われることは日常茶飯事だ。それをわたしが気にしていたことを彼は知っている。

「…好きだよ」

その度、わたしを安心させるように一也はそう言ってくれた。それだけで十分だった。

この人に、どれだけ救われたか。
この人を、どれだけ好きになったか。

「なまえ〜」
『ん?』
「同棲しよ」
『…は?』

大学四年の冬、就職の決まったわたしに一也はそう言った。

「もう部屋探してきた」
『…え?』
「やっとなまえと一緒に住めるのか〜」
『ちょっと待て』

わたしの大学卒業とともに一緒に住むことを彼は決めていて、卒論で忙しいわたしを差し置いて勝手に話を進めていたようだ。

「…なんだよ一緒に住みたくねぇの?」
『いやそうじゃなくて…』
「俺はなまえとずっと一緒にいれるのスゲェ嬉しいんだけど?」
『う…わたしも嬉しいよ…』

この顔に、わたしが弱いことを一也は知ってやっている。

「これからよろしくな、なまえチャン」
『…はい…』

思えばわたしは最初から甘やかされていた。
こんなにすてきな人は、わたしには不釣り合いなのかもしれない。

あのアナウンサー、料理できるって言ってたなあ。わたし、クック〇ッドないとできないし。
顔だって人並みだ。美男美女なんて言われたことない。

8年、あっという間だったなあ。

とても、とても楽しかった。一也の隣はあったかくて居心地がよくて。幸せになれるんだ。

テレビはもう違う話題になっていた。
それでも、涙は止まらなかった
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