□ □ □

『うっ…』

朝起きたとき何か調子悪いなあとは思っていた。
仕事中、急に襲いかかってきた猛烈な吐き気に我慢できず、トイレに駆け込んだ。

「なまえちゃん大丈夫?」
『…う〜気持ち悪い』
「顔色やばいよ」

トイレから出ると同僚が心配して来てくれていた。吐き気の原因を考えてみるけど、思い当たるものがない。

「二日酔い?」
『昨日飲んでないというか最近飲んでないよ』
「ん〜胃腸炎?」
『そんな感じしないけどなあ…』

吐いてもなお残るムカムカ感と、少しのフラつき。今日は早めに帰って寝よう。きっと寝たらよくなるはずだ。そんなわたしの考えが、同僚の一言で吹き飛んだ。

「…ねぇ、」
『ん?』
「生理きた?」

同僚のその一言に、ハッとした。
そういえば今月はまだきていない。 仕事と一也のことで頭がいっぱいいっぱいで、遅れていることに気づかなかった。

『きてない…』
「産婦人科、行った方がいいよ」
『う、うん』
「彼氏さんだよね?」

思い当たる節はある。たまたま帰ってきたあのときだ。

産婦人科、探そう。



終業までなんとかやりきったあと、わたしは一人で産婦人科へやってきた。

「みょうじさん診察室どうぞ」

看護師さんにそう呼ばれ、診察室へ入る。待合室ではお腹の大きい人がいたり、付き添いの旦那さんが一緒にいたり。みんなそれぞれ幸せそうな雰囲気だった。わたしは、どうなるのだろう。それでも、診察室に入るわたしは自分でもびっくりするほど落ち着いていた。

「うん、妊娠してますね」

内診をしながら、そう説明された。
白黒のエコー画面に、1つの小さな丸。

「心拍もしっかりしてますし、妊娠7週あたりですね」
「これからどうなされるか、お相手の方とよく話し合ってくださいね」

心臓はさっきからバクバク鳴っている。 診察室を出て、そっとお腹に手を当てる。ここに、いるんだ。実感は全然ないけれど、ここに。

一也に言ったら何て言われるかな。
おめでとう、ありがとう?それとも…。

それから、一也とはまたすれ違いの生活で、話があると言っても忙しいの一言。大事なことだから直接話したいのに、全くとりあえってもらえず、結局産婦人科に行ってから1ヶ月近くが経とうとしていた。

悪阻はさらにきつくなって、吐き気と眠気と戦う日々。まだ職場には報告できないから、なんとか誤魔化しながら仕事をしている。家に帰ってからは家事なんてロクにできず、死んだようにベッドに入る毎日。

そしてようやく待ち望んだ休日。あんまり動きたくないのでソファの上でテレビをつけてのんびりしていたのに、それは突然やってきた。

「続いては…ビッグカップル誕生のニュースです!」
「御幸選手と〇〇アナウンサー!御幸選手が〇〇アナウンサーの自宅に入る様子が目撃されたようです」
「美男美女ですしね〜お似合いですね!」
「〇〇アナウンサーは料理も上手と聞いてますし、御幸選手も嬉しいでしょうね」

ハッとした。
わたしはなんて自惚れていたんだろう。

まだこの家に帰ってきてくれるから、まだ一也はわたしのところにいてくれる。 お腹に、この子がいるから一也はそばにいてくれる。そう思ってしまっていた。
そうじゃない。そうじゃなかった。

あのとき無理矢理にでも言っていれば、何か変わったのかな。

一也、わたしはあなたの隣にいることはできますか。
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